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土地調査事業で庶民は喜んだ

投稿者: superdreadnote 投稿日時: 2007/01/01 00:08 投稿番号: [44619 / 230347]
「歴史民俗朝鮮漫談」   今村鞆   昭和三年(1928年)   南山吟社
回顧二十年前(今村鞆は韓国併合以前の統監府の時代からの官吏であった。)
新政の謳歌

従来官吏や両班やにイジメられて居つた良民は、日本官吏の配置と共に、特に新警察のために、保護を受けて、その恩恵に浴する事となつたから、その喜びは非常なものであつた。懸倒を解くとか、或は塗炭の苦より救ふといふ語があるが、実際に於て此の語に丁度ハマルものであつた。

鳥致院付近の村で殺人犯があつた、警察が往つた時には一部落逃亡して一人も居なかつた、元は殺人があれば、郡守(地方役人)が大勢の人を引き連れ、食ひ倒し、飲み倒し、かつ無辜(むこ(の民))を捕へ、種々の誅求の種にしたからである、しかして其時、告示をして、旧来の如く人民に迷惑を及ぼさぬと諭して、安心して皆帰つた例がある。

或る処で農民が牛を盗まれ、その泥棒を警察署で捕へ、牛を被害者に還付せんとした時に、自分の牛に非ずとしてドーしても受取らなかつた。もし受取れば数倍の金を後々より取らるると信じたからである、トウトウ、牛を受取つても後より一文をも誅求せぬといふ証文を署長に書かしてようやく牛を受取つて往つた、しかして不思議がつて居た。

自分が出張中忠州付近で両班が農民の山の中へ、勝手に墓を作りその山を横占せんとし、紛擾をかもせる所へきかかり、その両班に、決して右の如き非行は相成らぬ旨を言渡した、その時一部落の人民は、五十人ばかりイクラ止めても喜んで送つて来た。

右の如き例は、枚挙に遑(いとま)の無い程あつた。また裁判の公平土地調査の為め、所有権を侵害される事の無くなつた事等は、民衆の大に喜んだ事であつた。

両班の動静

良民は新政を喜んだが、両班儒生の大多数は、新政に反対した。時勢を解した両班は、従前の行動を改めたが、中には民衆の無知に乗じ、依然として昔ながらの、横暴振を逞(たくまし)ふして居る者も多かつた。下民の身分を省みず、両班の前で喫煙したとか、馬で乗打をしたとか、いふ様な、良民が時勢に目醒めてする、従来の習俗に反する行為を咎め立てて、罵倒殴打する、等の事により、債務のカタに人や馬や財産を強収拉去する、なほ甚だしきは、土地の境界不明に乗じ、良民の土地を侵犯するといふ、慣行手段の悪事を公行して居たが、被害人民は、なほ十分に官庁を信頼せずして、申告しなかつた。この土地侵略の悪風は、土地調査事業完成の為根絶し、良民は該事業を、心から良制なりとして謳歌した。(中略)   一体に悪両班は、自己の悪事が出来なくなりし為め、新政を呪詛して居た。


総督府の土地調査事業によって土地所有権が確立し、農民の土地所有が保障されるようになった。それにより旧両班階級による不法な土地侵奪はなくなった。
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