朴正煕(韓国 第5〜9代大統領)
投稿者: xyzhaya 投稿日時: 2006/12/09 06:46 投稿番号: [43288 / 230347]
<以下引用>
日本統治時代の朝鮮慶尚北道善山郡(現在の亀尾市)出身。貧しい農村部家庭の末子であった[1]。父親は科挙に合格したが、日本によって韓国が併合された後に没落し墓守をしていた。大邱師範学校を卒業し教師をした後、日本国籍のまま満州国軍の新京軍官学校で学び、同校を首席で卒業する。優秀な成績のため、特に選ばれて日本の陸軍士官学校に留学した。その後、創氏改名によって高木正雄と名乗った。1944年に日本の陸軍士官学校を卒業(57期)し、終戦時は満州国陸軍中尉だった。
大韓民国が独立した後、新たに創設された韓国軍に入隊した。一方で南朝鮮労働党にも加入し、軍内工作の首謀者であったことが粛軍運動で発覚して逮捕され、死刑を宣告される。しかし、南朝鮮労働党の内部情報を提供したこと、北朝鮮に通じていることが米軍当局に認められて釈放された。朝鮮戦争勃発とともに軍役に復帰し、さらに戦闘情報課長から作戦教育局次長へと昇進した。
1961年5月16日、張都暎(当時・陸軍中将)を議長に立てて「軍事革命委員会」を名乗り、軍事クーデターを起こす(5・16軍事クーデター)。反共親米、腐敗と旧悪の一掃、経済再建などを決起の理由とした。決起に関する謀議は李承晩が退陣に追い込まれた四月革命の過程と同時進行だったことがわかっている。学生たちが南北朝鮮会談を開こうとする政治的騒乱のなか、軍が突然、政治の舞台に踊り出たことは多くを驚かせた。軍は朝鮮の政治史において例を見ない巨大勢力だった[2]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B4%E6%AD%A3%E7%86%99#.E5.87.BA.E8.87.AA.E3.81.8B.E3.82.89.
E3.82.AF.E3.83.BC.E3.83.87.E3.82.BF.E3.8
3.BC.E3.81.BE.E3.81.A7kim_taek_joo
の言う朝鮮人の1人が、終戦時は満州国陸軍中尉だったとはね。
日本人の一部であった朝鮮民族は、連合国でも何でもない。だから、「三国人」
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