差別の象徴的記述
投稿者: kim_jyuon 投稿日時: 2004/01/23 18:16 投稿番号: [4296 / 230347]
朝鮮日報(2003.03.11) 記述より
>出勤ラッシュで満員電車の片隅。黒いギャザースカートと改良のチョゴリを着た女子生徒が目に付いた。彼女に付いて行ったところで辿りついた、ペイントの剥がれた古いコンクリートビルの朝鮮人学校。そして、学校の前に立っている日本人警察とパトカーを横目に、列を並んで学校へと入る生徒たち。
先端の資本主義と巨大都市の東京の片隅に位置しているこの気まずく、異質的な風景の前で、私はある“在日”2世知識人の話した「内的国境」という言葉を思い浮かべた。
徹底して血統主義に基づいた国籍が市民的権利付与の前提条件となる、数世代にわたって定着している外国人に対する参政権すら付与していない日本型国民国家の中で、代を継いで「非日本人」であり、「非国民」の子供たちが、今、古い塀の中のゲットー(ghetto)へと入って行っているのである。
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少年
少女を扱うと人の気持ちに悲惨さが伝わるようだ。その表現があまりにも歪曲されているでしょう。
韓国の中で永住外国人がどの様な扱いをされているか知らない人はいないはず。それでもこの様な記事が書ける姿が問題のはずだ。新聞記者は、日本に対して一定の決まった思想から外れた表現は使えず、それを誇張する表現を考えるのが記者(論説委員)の仕事のようだ。
そして、彼らの信じ込まされている民族差別ななくては困るのだろう。
これは メッセージ 4295 (kim_jyuon さん)への返信です.
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