韓国の歴史歪曲検証
投稿者: xyzhaya 投稿日時: 2006/11/13 07:29 投稿番号: [41848 / 230347]
<以下、引用>
韓国の歴史歪曲検証:人口増加ベースに見る日帝の暴虐と搾取の虚構性
朝鮮併合時における朝鮮半島の人口の急激な増加が取りざたされた。
今回、その人口増加現象を主テーマに朝鮮併合において、韓国側の捏造する「日帝の暴虐と搾取の歴史」を告発したい。
先頃の討論の中で、朝鮮半島の人口について1852年度680万人、1909年度1200万人であり、その後のいわゆる人口増加現象はこの増加ベースで考えれば、決して不自然なものではないと言うことであった。
この事実を検証するべく、様々な情報を検索した結果、もう少し詳細なデータを見つけることが出来たのでご覧頂きたい。
朝鮮半島人口の推移
1753年: 730万人
1850年: 750万人
1906年: 980万人(第二次日韓条約により、1905年より朝鮮は日本の保護国へ)
1910年:1312万人(日韓併合条約により、1910年より朝鮮は日本の一部となる)
1920年:1691万人
1930年:1968万人
1940年:2295万人
1944年:2512万人(1945年、日本の敗戦により総督府の統治権は米軍へ移譲)
討論の中で1852年と1909年ののデータを持ち出してきたのは、数字のマジックによって我々の目を錯覚させるものである。
ここで注目しなければならないのが、1905年より朝鮮は日本の保護国となり実質の朝鮮の施政は日本側が執り行っていたことである。
であるなら、朝鮮の人口増加ベースが自然であるとするなら李朝時代の朝鮮の人口を比べるべき(つまり、1905年以前までの朝鮮の人口)であり、その上で日本の保護国には行ってから以降の人口増加ベースを比べて、それが自然であるかどうかを判断するべきである。
では、李朝時代の人口増加ベースと、日本が朝鮮を保護国としてよりの人口増加ベースを比べてみよう。
実際、日本が直接的に朝鮮を収める1905年までの朝鮮の人口増加ベースは、上記からも分かるとおり1850年の李朝末期を基準にとると1906年の日本の保護国なった翌年までの56年間に30%程度の増加ベースでしかない事が分かる。
そして1906年より日本の敗戦の前年1944年までの38年間の人口増加ベースは、156%という驚異的な増加ベースを辿っている。
さらに上記で注目されるべきは、1753年の朝鮮半島内の人口730万人が約100年後の1850年の時点でも750万人にしか増えていない点である。
これは李朝時代の悪政と貧困そして飢餓対策・医療体制の確立などを李朝政府が行ってこなかったことの動かぬ証拠である。
データを見るにおいて、日本が朝鮮半島に直接関与し始めた1905年以降とそれ以前の人口増加ベースを比べれば、朝鮮で日本が「史上最悪の暴虐と搾取」を行っていないことが確信できるのではないだろうか?
では、人口増加を促した日本の朝鮮での施政はどのようなものであっただろうか。
例えば第六代朝鮮総督:宇垣一成による「農産漁村振興運動」などの民生向上活動である。
30年で本土(日本)の生活水準に追いつく事を目標に、農村植林、水田開拓などの積極的な国土開発による食料の増産が図
られている。
併合当初米の生産量が約1千万石であったのが、20年後の昭和に入ると、2千万石へと倍増している。
20年間で農業生産効率を2倍に底上げしたことを韓国人は見過ごしては行けない。
次に、医療制度の確立、特に伝染病の予防について日本の朝鮮半島での施政は賞賛に値するものであった。
1910年から徹底的な検疫を実施し、コレラ・天然痘・ペストなどは、1918年から20年の大流行を最後に押さえ込まれ、乳児死亡率が激減した。
これを韓国人はどのように見るのだろうか。
<以下、略>
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/rekisi02.htm
韓国の歴史歪曲検証:人口増加ベースに見る日帝の暴虐と搾取の虚構性
朝鮮併合時における朝鮮半島の人口の急激な増加が取りざたされた。
今回、その人口増加現象を主テーマに朝鮮併合において、韓国側の捏造する「日帝の暴虐と搾取の歴史」を告発したい。
先頃の討論の中で、朝鮮半島の人口について1852年度680万人、1909年度1200万人であり、その後のいわゆる人口増加現象はこの増加ベースで考えれば、決して不自然なものではないと言うことであった。
この事実を検証するべく、様々な情報を検索した結果、もう少し詳細なデータを見つけることが出来たのでご覧頂きたい。
朝鮮半島人口の推移
1753年: 730万人
1850年: 750万人
1906年: 980万人(第二次日韓条約により、1905年より朝鮮は日本の保護国へ)
1910年:1312万人(日韓併合条約により、1910年より朝鮮は日本の一部となる)
1920年:1691万人
1930年:1968万人
1940年:2295万人
1944年:2512万人(1945年、日本の敗戦により総督府の統治権は米軍へ移譲)
討論の中で1852年と1909年ののデータを持ち出してきたのは、数字のマジックによって我々の目を錯覚させるものである。
ここで注目しなければならないのが、1905年より朝鮮は日本の保護国となり実質の朝鮮の施政は日本側が執り行っていたことである。
であるなら、朝鮮の人口増加ベースが自然であるとするなら李朝時代の朝鮮の人口を比べるべき(つまり、1905年以前までの朝鮮の人口)であり、その上で日本の保護国には行ってから以降の人口増加ベースを比べて、それが自然であるかどうかを判断するべきである。
では、李朝時代の人口増加ベースと、日本が朝鮮を保護国としてよりの人口増加ベースを比べてみよう。
実際、日本が直接的に朝鮮を収める1905年までの朝鮮の人口増加ベースは、上記からも分かるとおり1850年の李朝末期を基準にとると1906年の日本の保護国なった翌年までの56年間に30%程度の増加ベースでしかない事が分かる。
そして1906年より日本の敗戦の前年1944年までの38年間の人口増加ベースは、156%という驚異的な増加ベースを辿っている。
さらに上記で注目されるべきは、1753年の朝鮮半島内の人口730万人が約100年後の1850年の時点でも750万人にしか増えていない点である。
これは李朝時代の悪政と貧困そして飢餓対策・医療体制の確立などを李朝政府が行ってこなかったことの動かぬ証拠である。
データを見るにおいて、日本が朝鮮半島に直接関与し始めた1905年以降とそれ以前の人口増加ベースを比べれば、朝鮮で日本が「史上最悪の暴虐と搾取」を行っていないことが確信できるのではないだろうか?
では、人口増加を促した日本の朝鮮での施政はどのようなものであっただろうか。
例えば第六代朝鮮総督:宇垣一成による「農産漁村振興運動」などの民生向上活動である。
30年で本土(日本)の生活水準に追いつく事を目標に、農村植林、水田開拓などの積極的な国土開発による食料の増産が図
られている。
併合当初米の生産量が約1千万石であったのが、20年後の昭和に入ると、2千万石へと倍増している。
20年間で農業生産効率を2倍に底上げしたことを韓国人は見過ごしては行けない。
次に、医療制度の確立、特に伝染病の予防について日本の朝鮮半島での施政は賞賛に値するものであった。
1910年から徹底的な検疫を実施し、コレラ・天然痘・ペストなどは、1918年から20年の大流行を最後に押さえ込まれ、乳児死亡率が激減した。
これを韓国人はどのように見るのだろうか。
<以下、略>
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/rekisi02.htm
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