ソウル国立博物館の展示
投稿者: bakamarudashi54 投稿日時: 2006/11/13 01:45 投稿番号: [41838 / 230347]
>Bird が見たSeoul
都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。礼節上二階建ての家は建てられず、
したがって推定25万人の住民は主に迷路のような道の「地べた」で暮らしている。路地の多くは荷物を積んだ
牛同士が擦れ違えず、荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。おまけに、その幅は家々から
出た糞、尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、
土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと、疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、
日向でまばたきしている。
ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。蓋のない広い水路を黒くよどんだ水が、
かつては砂利だった川床に堆積した排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。
水ならぬ混合物を手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。
周囲の山々は松の木が点在しているものの、大部分は緑がなく、黒い不毛地のうねりとなってそびえている。
Seoulには芸術品がまったくなく、公園もなければ見るべき催し物も劇場もない。他の都会ならある魅力が
Seoulにはことごとく欠けている。古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく、宗教にはおよそ
無関心だったため寺院もない、結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある、堂々とした
宗教建築物の与える迫力がここにはない
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
以前、ソウル国立博物館を見たとき、その展示物が余りにお粗末なのに拍子抜けした。台北の故宮博物館の展示がものすごかっただけに期待して行ったのだが、日本でいうと地方の博物館位の感じであった。
しかしこのイザベラ・バードの朝鮮旅行記を読んで納得した。
朝鮮にはもともと文化財なんてなかったのだ。
今日、奈良国立博物館の正倉院展に行ってきた。最終日とあって長蛇の列だったが、1250年前の展示品の数々には心底感動した。漆塗りの箱など
つい2,3年前に作られたかと思うくらいの良好な保存状態だったし
青いガラス皿にも目を奪われた。
1200年前の豊前(大分県)の戸籍にも感動した。家族の構成メンバーが
几帳面に記載されわれわれの祖先の呼吸が感じられるようだった。
しかもこれらの財宝が1250年にわたり倉庫(正倉院)に保存されて
きたというのが信じられない。何度もの戦火を潜りぬけてだ!
中国の西安の博物館の展示も2000年も前のものがあったがすべて発掘されたものであり、保存され続けたものではない。
日本人の伝統を大事にする精神、そして同時に果敢に新しい文化を海外から
取り入れそれを改良し新たな文化を創るという営みは素晴らしいと思う。
また、この正倉院展にこれほど多くの日本人が詰め掛けることにも感動した。
都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。礼節上二階建ての家は建てられず、
したがって推定25万人の住民は主に迷路のような道の「地べた」で暮らしている。路地の多くは荷物を積んだ
牛同士が擦れ違えず、荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。おまけに、その幅は家々から
出た糞、尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、
土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと、疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、
日向でまばたきしている。
ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。蓋のない広い水路を黒くよどんだ水が、
かつては砂利だった川床に堆積した排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。
水ならぬ混合物を手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。
周囲の山々は松の木が点在しているものの、大部分は緑がなく、黒い不毛地のうねりとなってそびえている。
Seoulには芸術品がまったくなく、公園もなければ見るべき催し物も劇場もない。他の都会ならある魅力が
Seoulにはことごとく欠けている。古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく、宗教にはおよそ
無関心だったため寺院もない、結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある、堂々とした
宗教建築物の与える迫力がここにはない
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
以前、ソウル国立博物館を見たとき、その展示物が余りにお粗末なのに拍子抜けした。台北の故宮博物館の展示がものすごかっただけに期待して行ったのだが、日本でいうと地方の博物館位の感じであった。
しかしこのイザベラ・バードの朝鮮旅行記を読んで納得した。
朝鮮にはもともと文化財なんてなかったのだ。
今日、奈良国立博物館の正倉院展に行ってきた。最終日とあって長蛇の列だったが、1250年前の展示品の数々には心底感動した。漆塗りの箱など
つい2,3年前に作られたかと思うくらいの良好な保存状態だったし
青いガラス皿にも目を奪われた。
1200年前の豊前(大分県)の戸籍にも感動した。家族の構成メンバーが
几帳面に記載されわれわれの祖先の呼吸が感じられるようだった。
しかもこれらの財宝が1250年にわたり倉庫(正倉院)に保存されて
きたというのが信じられない。何度もの戦火を潜りぬけてだ!
中国の西安の博物館の展示も2000年も前のものがあったがすべて発掘されたものであり、保存され続けたものではない。
日本人の伝統を大事にする精神、そして同時に果敢に新しい文化を海外から
取り入れそれを改良し新たな文化を創るという営みは素晴らしいと思う。
また、この正倉院展にこれほど多くの日本人が詰め掛けることにも感動した。
これは メッセージ 41785 (xyzhaya さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/41838.html