戦争は戦争を準備する者を避け・・・
投稿者: georgia3085091 投稿日時: 2006/11/04 22:06 投稿番号: [41302 / 230347]
【コラム】戦争を避けるために本当に必要なもの
第2次世界大戦について振り返ってみたとき、多くの人々が不思議に思うことの一つは、なぜドイツより強力な地上軍戦力を誇ったフランスを始めとする連合軍がその威力を生かすことなくドイツ軍に退けられ、たった1カ月の間にフランスの降伏を招いたのかという点だ。
開戦当時、ドイツは空軍力では優位に立っていた。しかし戦車についてはドイツの2400台に対し連合軍が3000台を保有しており、大砲もドイツの7700基に対し1万1200基と連合軍が上回っていた。ドイツの勝利には、大規模な機械化部隊と急降下が可能な爆撃機などの空軍力を効果的に結合させた、いわゆる電撃戦という新しい作戦体系が決定的な役割を果たしたというのが通説だ。
しかし、それと同時に指導者や国民の戦意と士気といった目に見えない要素の変化が、フランスをはじめとする連合軍の惨敗に大きな影響を及ぼしたとする専門家も少なくない。ドイツがフランスを侵攻する前、英国のチェンバレン首相はドイツのチェコ侵攻に目をつむるなど、英国とフランスは戦争を避けるという名分の下で行われた外交交渉を通じて、ドイツに対して譲歩を繰り返していた。だがこれはヒットラーの野心に油を注ぐ形となった。
またフランスでは政治・社会的にも内部の対立が高まり、頻繁に政権交代が起こっていた。さらにドイツの宣伝工作により最前方のフランス兵士たちの間ではドイツ軍は「それほど悪い人たちではない」という雰囲気まで生まれていたという。
最高指揮官の消極性も問題だった。当時のフランス陸軍最高司令官だったガムラン将軍は優秀な戦力を持ったドイツ空軍の報復攻撃を恐れ、ドイツ軍の集結地点に対する連合軍の空襲を許可せず、空軍の活動を迎撃と偵察だけに制限した。戦争を恐れて避けることばかり考え、消極的な態度をとり続ければどんな結果をもたらすのかをよく示す例だ。
反対に戦争の脅威に正面から立ち向かって戦って成功した例は、われわれの身近に見つけることができる。
1976年のポプラ事件の際、韓・米両国軍は事件の発端になったポプラの木の切り倒し作業を行いながら、北朝鮮軍が攻撃してくる場合、開城近くまで攻め込んで報復するという作戦をたてた。B-52爆撃機や攻撃用ヘリコプターなどを現場近くの上空に投入し、大規模な示威行動も行った。最近の雰囲気なら、全面的な戦争につながる恐れがあるとし反対が巻き起こりそうな対応だった。
しかし北朝鮮軍は静かに見守るだけだった。また金日成(キム・イルソン)は後に同事件について遺憾を表明し、事実上異例の謝罪を行った。
1999年の延坪海戦の際には北朝鮮の警備艇による相次ぐNLL(北方限界線)侵犯に対し、韓国海軍は武力衝突を覚悟の上で高速艇を「体当たり」させ、押し出す作戦を用いた。北朝鮮軍の先制射撃に対しては何倍もの銃弾・砲弾で応戦し、北朝鮮の艦艇2隻を撃沈したが、それ以上の戦闘の拡大はなかった。
北朝鮮の核実験以降、政界や社会の一部では「戦争か平和のどちらを選ぶのか 「それなら戦争しようとでもいうのか」といった発言が相次いでいる。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は今月2日、北朝鮮による核開発問題の解決策に関し、「どんな価値も平和より上には来ない」とするとともに「平和を最高の価値とみなし、関係を調整していくなら、われわれは平和を損ねることなく十分にやっていける」と語った。ごもっともな意見だ。
しかしこうした発言を行っている人々には次の格言を肝に銘じてほしい。「戦争は戦争を準備する者を避け、戦争を恐れるに忍び寄る」
ユ・ヨンウォン記者
朝鮮日報
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/11/04/20061104000025.html
第2次世界大戦について振り返ってみたとき、多くの人々が不思議に思うことの一つは、なぜドイツより強力な地上軍戦力を誇ったフランスを始めとする連合軍がその威力を生かすことなくドイツ軍に退けられ、たった1カ月の間にフランスの降伏を招いたのかという点だ。
開戦当時、ドイツは空軍力では優位に立っていた。しかし戦車についてはドイツの2400台に対し連合軍が3000台を保有しており、大砲もドイツの7700基に対し1万1200基と連合軍が上回っていた。ドイツの勝利には、大規模な機械化部隊と急降下が可能な爆撃機などの空軍力を効果的に結合させた、いわゆる電撃戦という新しい作戦体系が決定的な役割を果たしたというのが通説だ。
しかし、それと同時に指導者や国民の戦意と士気といった目に見えない要素の変化が、フランスをはじめとする連合軍の惨敗に大きな影響を及ぼしたとする専門家も少なくない。ドイツがフランスを侵攻する前、英国のチェンバレン首相はドイツのチェコ侵攻に目をつむるなど、英国とフランスは戦争を避けるという名分の下で行われた外交交渉を通じて、ドイツに対して譲歩を繰り返していた。だがこれはヒットラーの野心に油を注ぐ形となった。
またフランスでは政治・社会的にも内部の対立が高まり、頻繁に政権交代が起こっていた。さらにドイツの宣伝工作により最前方のフランス兵士たちの間ではドイツ軍は「それほど悪い人たちではない」という雰囲気まで生まれていたという。
最高指揮官の消極性も問題だった。当時のフランス陸軍最高司令官だったガムラン将軍は優秀な戦力を持ったドイツ空軍の報復攻撃を恐れ、ドイツ軍の集結地点に対する連合軍の空襲を許可せず、空軍の活動を迎撃と偵察だけに制限した。戦争を恐れて避けることばかり考え、消極的な態度をとり続ければどんな結果をもたらすのかをよく示す例だ。
反対に戦争の脅威に正面から立ち向かって戦って成功した例は、われわれの身近に見つけることができる。
1976年のポプラ事件の際、韓・米両国軍は事件の発端になったポプラの木の切り倒し作業を行いながら、北朝鮮軍が攻撃してくる場合、開城近くまで攻め込んで報復するという作戦をたてた。B-52爆撃機や攻撃用ヘリコプターなどを現場近くの上空に投入し、大規模な示威行動も行った。最近の雰囲気なら、全面的な戦争につながる恐れがあるとし反対が巻き起こりそうな対応だった。
しかし北朝鮮軍は静かに見守るだけだった。また金日成(キム・イルソン)は後に同事件について遺憾を表明し、事実上異例の謝罪を行った。
1999年の延坪海戦の際には北朝鮮の警備艇による相次ぐNLL(北方限界線)侵犯に対し、韓国海軍は武力衝突を覚悟の上で高速艇を「体当たり」させ、押し出す作戦を用いた。北朝鮮軍の先制射撃に対しては何倍もの銃弾・砲弾で応戦し、北朝鮮の艦艇2隻を撃沈したが、それ以上の戦闘の拡大はなかった。
北朝鮮の核実験以降、政界や社会の一部では「戦争か平和のどちらを選ぶのか 「それなら戦争しようとでもいうのか」といった発言が相次いでいる。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は今月2日、北朝鮮による核開発問題の解決策に関し、「どんな価値も平和より上には来ない」とするとともに「平和を最高の価値とみなし、関係を調整していくなら、われわれは平和を損ねることなく十分にやっていける」と語った。ごもっともな意見だ。
しかしこうした発言を行っている人々には次の格言を肝に銘じてほしい。「戦争は戦争を準備する者を避け、戦争を恐れるに忍び寄る」
ユ・ヨンウォン記者
朝鮮日報
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/11/04/20061104000025.html
これは メッセージ 1 (the_rich_and_smooth さん)への返信です.
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