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私は、君たちを正しく指導しているんだよ

投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2006/10/31 08:40 投稿番号: [40920 / 230347]
  何故、歴史を学ぶのだろうか。大きく分けると、二つの立場があるようだ。ひとつは、自国の歴史を知ることによって、誇りや愛国心をもつように、国民の一体感を高めることを目的とする、という立場である。もうひとつは、歴史を知ることによって、将来の道を過たないように、教訓を得るという立場である。

  歴史学は、こうしてふたつの立場があるが、これまでのほとんどの「歴史教育」は、自国の地位を正当化し、国民に愛国心を植えつけることに奉仕をしてきた。しかし、特に第二次大戦後、ドイツは、自国の歴史を加害者の立場として記述し、また、日本でも、日本の戦争における加害行為を記述するようになった。そこに至るには、さまざまな経緯があったが、これまでの歴史教育から考えると、異色のものであった。

  しかし、そのことは逆に、いわゆる「自虐史観」批判という形での歴史教育構想が打ち出され、ドイツでも日本でも、大論争を引き起こしている。日本では、1980年代にも、また、90年代にも、教科書問題が、特に歴史教育をめぐって起きている。しかし、80年代の問題は、主にアジア諸国からの批判が外交問題に発展したのに対して、90年代の問題は、国内からの批判から起っている。

  更に、1990年代の新しい現象として、ヨーロッパで、ヨーロッパ全体の視点から見た歴史教科書が編纂された。つまり、近年、歴史教育が、単に自国の立場を正当化する立場からではなく、自国を相対化し、さまざまな視点から見る歴史観を育てようとする方向と、あくまでも、自国の立場を前面に出す立場が、鮮明に対立してきているのである。

  このことを逆に考えると、歴史教育は、国際的な理解を深めることにもつながるし、また、逆に、国家間の対立感情を煽る役割を果たすこともある。後述するように、日本と韓国の間に、否定しがたい悪感情があるが、これは、双方の教育のあり方に影響を受けていると考えることができる。

  一頃、アジア各国の日本に対する教育は、日本の戦争責任を厳しく追及するものであったが、もちろん、そればかりではない。

  例えば、インドネシアの教科書には、「労務者は村落の農民から集められたので、この徴発は農村の経済状況にも影響を及ぼした。農民の労働力がよそにとられてしまったので農村経済はいよいよ後退した。その間、労務者に対する取扱いは列悪を極めた。彼等の健康は保証されず、食べ物は不足し、労働はあまりに過重だった。その結果、多くの労務者がその働き場所で死んでいった。」とあるが、日本の残虐さだけを強調しているのではない。

  「無事に村に戻った労務者はいろいろな面で新しい経験を積んできていた。帰還した彼等が新しい考え方を持込んだので、村は変化に向って開かれることになった。都市へ走り、自分の村のことを振り返って見た者も同様で、やはり新しい経験を得て戻ってきた。人力動員をより容易にすると同時に住民の監視をより完全にするために、日本側は各部落や村落に隣組(互助会)を組織した。インドネシア民衆に対して日本軍政府が行なった労働力動員は、1般的に見て社会変動を推し進める役目を果した。なぜなら、それによって初め民族全体の生活から、閉ざされていた村々にまで、社会不安が到達させられたからである。」

  東南アジアに旅行する青年が、まったく日本が戦争中に行った行為を知らないで、現地人の怒りをかうことが指摘されるが、やはり、国際的な理解を深めるための歴史教育のあり方が、君達には必要であろう。

  わかったね
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