大韓帝国で皇位継承のお家騒動(笑)
投稿者: tantakatata 投稿日時: 2006/10/05 00:01 投稿番号: [39102 / 230347]
発生。
「大韓帝国の女性皇帝」をめぐって雑音」
先月29日に開かれた李ヘウォン(88・女性)皇孫の大韓帝国30代皇位承継式に対して、「わが皇室愛の集まり」「大韓皇室再建会」「全州李氏大同宗約院」など皇室関連3団体が反対した。
皇位承継式の直後、インターネットのポータルサイト「ダウム(daum)」に開設されたインターネットカフェ「わが皇室愛の集まり」には戴冠式が行われた後「皇室は国民からさらに遠のいた」「勝手に行われた戴冠式などとんでもない」という内容が続いた。
わが皇室愛の集まりは2001年、大韓皇室の象徴的な復元を希望する人々が作った集まり。抗議文が相次ぐと、わが皇室愛の集まりは先月30日に公式声明を出し「29日に行われた戴冠式は『皇族会』という正体不明の団体が李ヘウォン皇孫を口車に乗せ、皇族の意見収集なしに行った」とし「正体不明の『大韓帝国皇族会』は皇室を笑いものに転落させた責任を負い、組職を解体せよ」と主張した。
大韓皇室再建会も「大韓帝国皇族会は皇族全体の立場をとりまとめず、李ヘウォン皇孫の推戴を強行した」とし「皇族の分裂を助長する特定人物中心の皇室運動は避けなければならない」と明らかにした。
運営者の李ジョンヨプ(32)氏は「昨年7月、李源(イ・ウォン)皇嗣孫(皇室を引き継ぐ子孫)を皇位承継者に推戴したことに反対する勢力が中心となり、大韓帝国皇族会を作ったものと聞いている」と話した。
一方、全州(チョンジュ)李氏大同宗約院も2日に声明を通じ、嫡統が李ウォン皇嗣孫に移った状況で、李ヘウォン皇孫を再び推戴した大韓帝国皇族会を批判した。
これについて、大韓帝国皇族会の李ソンジュ・スポークスマンは「今回の戴冠式は乱れた皇孫の秩序を正そうとする李ヘウォン皇孫の意思で進められただけ」とし「皇位継承は堂号を受けた皇孫の同意さえあれば、大同種薬院など他の団体の意見は求めなくても良い」と反論した。
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2006100396248
李玖(イ・グ 1931年12月29日-2005年7月16日・李氏第29代当主)は、韓国の皇族で父は皇太子李垠(大韓帝国消滅のため未即位・李氏第28代当主)、母は日本皇族の出身である方子妃。アメリカ人のジュリア・マロック(Julia Mullock)と結婚するも、後に離婚。現在の日本の天皇とは又従兄弟に当たる。
葬儀は2005年7月24日、ソウルで行われた。葬儀には韓国現職国務総理、文化財庁長、国会議員など多くの政府要人や、日本からも玖の従兄弟にあたる人物などが出席した。追号は大同宗約院によって「懷隱(ホェウン)」と決まった。
李源(イ・ウォン、1963年 - )
李宗家の第30代当主。李氏朝鮮の王族の子孫。李氏朝鮮最後の王にして大韓帝国最後の皇帝である純宗の曾孫にあたる。義親王の第9王子・李諟の長男として生まれる。当時の名前は相協(サンヒョプ)と称した。1981年、ソウルの高校を卒業したのち父親と共に渡米、ニューヨーク技術大学において新聞放送学を修めた。アメリカのケーブルテレビ局でプロデューサーとして働き、韓国に帰国後は現代放送などにプロデューサーとして勤めた。2001年に現代ホームショッピングに入社、児童スポーツ部長に就任する。2005年7月、李諟の従兄弟に当たる直系の李玖が死去。これに伴い彼の養子となり、李家の正式な後継者(皇嗣孫)李源となる。
今は当主として儀式や祭祀に専念している。京畿道の高陽市のアパートに住んでおり2人の息子がいる。
「大韓帝国の女性皇帝」をめぐって雑音」
先月29日に開かれた李ヘウォン(88・女性)皇孫の大韓帝国30代皇位承継式に対して、「わが皇室愛の集まり」「大韓皇室再建会」「全州李氏大同宗約院」など皇室関連3団体が反対した。
皇位承継式の直後、インターネットのポータルサイト「ダウム(daum)」に開設されたインターネットカフェ「わが皇室愛の集まり」には戴冠式が行われた後「皇室は国民からさらに遠のいた」「勝手に行われた戴冠式などとんでもない」という内容が続いた。
わが皇室愛の集まりは2001年、大韓皇室の象徴的な復元を希望する人々が作った集まり。抗議文が相次ぐと、わが皇室愛の集まりは先月30日に公式声明を出し「29日に行われた戴冠式は『皇族会』という正体不明の団体が李ヘウォン皇孫を口車に乗せ、皇族の意見収集なしに行った」とし「正体不明の『大韓帝国皇族会』は皇室を笑いものに転落させた責任を負い、組職を解体せよ」と主張した。
大韓皇室再建会も「大韓帝国皇族会は皇族全体の立場をとりまとめず、李ヘウォン皇孫の推戴を強行した」とし「皇族の分裂を助長する特定人物中心の皇室運動は避けなければならない」と明らかにした。
運営者の李ジョンヨプ(32)氏は「昨年7月、李源(イ・ウォン)皇嗣孫(皇室を引き継ぐ子孫)を皇位承継者に推戴したことに反対する勢力が中心となり、大韓帝国皇族会を作ったものと聞いている」と話した。
一方、全州(チョンジュ)李氏大同宗約院も2日に声明を通じ、嫡統が李ウォン皇嗣孫に移った状況で、李ヘウォン皇孫を再び推戴した大韓帝国皇族会を批判した。
これについて、大韓帝国皇族会の李ソンジュ・スポークスマンは「今回の戴冠式は乱れた皇孫の秩序を正そうとする李ヘウォン皇孫の意思で進められただけ」とし「皇位継承は堂号を受けた皇孫の同意さえあれば、大同種薬院など他の団体の意見は求めなくても良い」と反論した。
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2006100396248
李玖(イ・グ 1931年12月29日-2005年7月16日・李氏第29代当主)は、韓国の皇族で父は皇太子李垠(大韓帝国消滅のため未即位・李氏第28代当主)、母は日本皇族の出身である方子妃。アメリカ人のジュリア・マロック(Julia Mullock)と結婚するも、後に離婚。現在の日本の天皇とは又従兄弟に当たる。
葬儀は2005年7月24日、ソウルで行われた。葬儀には韓国現職国務総理、文化財庁長、国会議員など多くの政府要人や、日本からも玖の従兄弟にあたる人物などが出席した。追号は大同宗約院によって「懷隱(ホェウン)」と決まった。
李源(イ・ウォン、1963年 - )
李宗家の第30代当主。李氏朝鮮の王族の子孫。李氏朝鮮最後の王にして大韓帝国最後の皇帝である純宗の曾孫にあたる。義親王の第9王子・李諟の長男として生まれる。当時の名前は相協(サンヒョプ)と称した。1981年、ソウルの高校を卒業したのち父親と共に渡米、ニューヨーク技術大学において新聞放送学を修めた。アメリカのケーブルテレビ局でプロデューサーとして働き、韓国に帰国後は現代放送などにプロデューサーとして勤めた。2001年に現代ホームショッピングに入社、児童スポーツ部長に就任する。2005年7月、李諟の従兄弟に当たる直系の李玖が死去。これに伴い彼の養子となり、李家の正式な後継者(皇嗣孫)李源となる。
今は当主として儀式や祭祀に専念している。京畿道の高陽市のアパートに住んでおり2人の息子がいる。
これは メッセージ 1 (the_rich_and_smooth さん)への返信です.
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