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金総書記よ、ありがとう

投稿者: awayfromhome1226 投稿日時: 2006/09/22 23:06 投稿番号: [38305 / 230347]
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/21/20060921000056.html

  「伝統ある自民党総裁の地位の重さを改めて認識している。初の戦後生まれの総裁として、理想の炎を絶やすことなく、改革のたいまつを受け継いでいくことを宣言していく」

  20 日午後、東京の自民党本部。自民党総裁選で66%を越える圧倒的な支持を得て、次期首相の座を射止めた安倍晋三官房長官が、上気した表情で当選の感想を語った。日本の新しい顔となった安倍氏は、政権構想で「戦後体制からの新たな出発」を掲げた。4半世紀前の1982年、中曽根康弘氏は「戦後政治の総決算」と言ったが、安倍氏の主張はより具体性を帯びている。

  安倍氏は選挙運動期間中に「5年以内を目標に憲法改正を実現する」「憲法第9条に対する解釈を変えてでも集団的自衛権を検討するべき」「教育を抜本的に改革する」「国家戦略を立案する国家安保会議を設立する」などと述べ、輝かしい公約を相次いで出した。

  靖国神社を参拝し、周辺国の怒りを買った小泉首相でも逃げ腰になっていた課題ばかりだ。小泉首相は改憲問題については意外にも無関心なところを見せていた。

  事実上首相を選ぶ自民党総裁選のスタート前、早々に安倍氏の圧倒的優位が伝わると、日本の政治評論家らは異口同音に「安倍政権誕生の最大の功労者は北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記」と指摘した。日本の世論が少しずつ右傾化していったのは、冷戦後の「革新」に幻滅したことに端を発する。1990 年代初めの湾岸戦争時に、130億ドル(約1兆5300億円)という巨額の資金を提供したのに特に優遇されなかったことも、日本人のプライドを傷つけた。

  しかし日本人に保守回帰を決定付けたのは、2002年に小泉首相の訪朝で発覚した金正日政権による日本人拉致問題だった。拉致は「一国平和主義」の夢に浸っていた日本政府が、南北に等距離外交を行っていた時代に起きた出来事だ。誰も関心がなかったころに起きた拉致事件は、平和憲法だけで日本の平和が守れると信じてきた日本人の幻想を壊した。北朝鮮のミサイル発射・中国の軍備拡大・中国原子力潜水艦の領海侵犯など、日本人たちの気持ちを逆なでするようなニュースが相次いだ。日本人はこうした経験を経て、はるか昔まで歴史をさかのぼり、江戸幕府末期の危機・明治時代の栄光の歴史を振り返り始めた。こうした「目覚めた」日本人の意識変化にピタリと合う人物として登場したのが安倍氏だ。

  安倍氏は政界に入ったころから改憲を主張、安全保障や国益を重視する政治家だった。よく知られているとおり、日本人が安倍氏への期待を膨らませたのは、北朝鮮による拉致事件に対し、強硬に対応したためだ。北朝鮮に屈しない彼の姿に、日本人は拍手を惜しまなかった。「拉致事件がなかったら、安倍氏ではなく福田康夫元官房長官が小泉首相の後継者となっていただろう」という人もいる。自身が成し得なかった「戦後政治の総決算」を、安倍氏がやり遂げてくれるだろう、と期待する中曽根元首相は、「転換期を迎えている非常な時期には、非常なリーダーが必要」と言った。「これまで日本人が探し求めていた “正解”とは、安倍晋三なのだろうか」という疑問には、日本人自身が答えを出すだろう。

  問題は、日本の何倍もの非常事態に置かれている韓国には、「非常な指導力で」「非常な時期を乗り越える」「非常なリーダー」の顔が見えないということだ。

日本国民の大半が安部氏にこの国の舵取りを託す気になったのは、拉致問題での断固たる姿勢と、北朝鮮のミサイル発射時の危機管理能力と国連決議に北朝鮮への制裁案を盛り込むという毅然たる態度を評価したのだと思う。
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