良日版やばいぜwasabi 韓国陸軍の巻
投稿者: mcpaghd9 投稿日時: 2006/09/14 15:00 投稿番号: [37645 / 230347]
wasabiを支援する良心的日本人です。
韓国沿岸4海里で世界最強の韓国海軍に引き続き、韓国陸軍の参謀長を調べて
みました。当然光復軍の司令官がきらびやかに並んでいると思ったのですが・・・
初代:李応俊
(1948年12月15日-1949年5月8日在任)
1892年ソウル生まれ。日本陸軍士官学校卒業。日本陸軍大佐。
第2代:蔡秉徳
(1949年5月9日-1949年9月30日在任)
1914年平壌生まれ。日本陸軍士官学校卒業。日本陸軍中佐。
第3代:申泰英
(1949年10月1日-1950年4月9日在任)
1919年ソウル生まれ。日本陸軍士官学校卒業。日本陸軍中佐。
第4代:蔡秉徳
(1950年4月10日-1950年6月29日在任)
2度目の就任。
第5代:丁一権
(1950年6月30日-1951年6月22日在任)
1917年生まれ。満州国陸軍軍官学校・日本陸軍士官学校卒業。日本陸軍憲兵。
第6代:李鍾贊
(1951年6月23日-1952年7月22日在任)
1916年ソウル生まれ。日本陸軍士官学校卒業。日本陸軍中佐。
第7代:白善菀
(1952年7月23日-1954年2月13日在任)
1920年生まれ。満州国陸軍軍官学校卒業。満州国軍中尉
第8代:丁一権
(1954年2月14日-1956年6月26日在任)
2度目の就任。
第9代:李亨根
(1956年6月27日-1957年5月17日在任)
1920年生まれ。日本陸軍士官学校卒業。日本陸軍大尉。
第10代:白善菀
(1957年5月18日-1959年2月22日在任)
2度目の就任。
これは・・・旧日本軍の出身者ばかりです。
抗日博物館で、日本軍を撃破し、約1,500人の日本兵を戦死させた
「青山里の戦い」は、当時の日本にとっては敵ながらあっぱれ、と
思っていたのですが、なぜ敵側であるはずの親日派を歴代の参謀長に
就任させていたのですか?
光復軍の司令官は皆北朝鮮に留まったのですか?
ベトナム戦争に勝利した後、ベトナム共和国が米国人を参謀長に迎いいれた
という話は聞きません。
タリバンもソ連人を参謀長にはしません。
それとも、
韓国の国の施設である抗日博物館は捏造なのですか?
青山里の戦いは妄想なのですか?
これは メッセージ 37635 (mcpaghd9 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/37645.html