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myahuutarou・・・さん(2)

投稿者: sioazi_z 投稿日時: 2006/08/28 23:40 投稿番号: [36730 / 230347]
>そりゃあ、宗教やイデオロギーは形態が色々ありますからねえ。
まあ、そんなに差はないと思っていますが。

宗教やイデオロギー全般について論じるのは無理なので
とりあえず原理主義者と日本兵に限定させてくださいね

以下の違いだけでも、私は大きいと思います。

原理主義者の自爆→相手は罪人、悪魔(我々の目からは一般人)
         →神の元に迎えられるという究極の報酬
         →能動的、自己完結


   日本兵の特攻→相手は人間、殺しに来る敵
         →靖国神社で英霊として祀られる栄誉
         →受動的、他者の祈りによって成り立つ

そもそも、日本兵に宗教色は少ないでしょう、宗派やイデオロギーはバラバラだし
誰の為に死ぬかと言えば「天皇陛下万歳」は少なくて、ほとんど「お母さ〜ん」みたいだし



>靖国に祭られることを名誉としていった人はNG?
天国に行けると思った人はNG?

名誉を得たいとか、天国に行きたいとか
個人の欲望達成のために他者や自らの命をもてあそぶのはNG



>共産主義革命を信じた人のテロならOK?
世界を救う教義があるカルト宗教のテロならOK?

人殺しの教義がある宗教なんて存在自体NGでしょう(笑)

さてテロですが
戦場の兵士はどちらが死ぬかわからない、お互いの覚悟もある
戦場に居る民間人は死を認識している
それに対し、全く普通に生活している人々に突然の死をもたらすテロ

説明のためにまず、非戦闘員を殺害する行為について考えて見ます

私が聞いた元日本兵のお話です
兵士と言えども最初は人を殺すことは中々出来ないそうです
初めて戦闘で殺した兵士は、敵兵だけど埋葬したそうです
場数を踏むようになると戦友が死にます、そうすると国の為とかではなく戦友の敵討ちとして戦うようになるそうです
さほどに人を殺すには自分を納得させる理由がいるものらしいです
民間人を殺してしまい今でも仏壇でその人をお参りしている人もいます

こちらはTVか何かで見た話です
中国で罪無き民間人二人を殺した人が謝罪のために現地を訪ねる話しでした
ところが現地で聞くと罪無き民間人だと思っていた彼らは、実は死に値するような軍律違反を犯していました
事実を知らされ、怒りのため謝罪しに来たにも拘らず一瞬兵士に戻って声を荒げたといった内容の話だったと思います
誤解であれ、戦後60年も心を苦しめた出来事だったわけです

人を殺す訓練を受けた兵士である彼らですら、非戦闘員の殺害に対する強い贖罪感がありました。
このように人の感情を思えば無差別テロはかなり異質な行為です

自分や大切な人を殺しに来る相手に立ち向かって行った特攻兵たち
それでも自爆に変わりは無い、他のことは微差に過ぎないから特攻もテロも同じだと仰言いますか?


>誰かに吹き込まれ、目的に合わないことのために死んだ、という構造は同じです。

吹き込まれてますよね、今でも多くのことを吹き込まれています、私たちは言葉であれ映像であれ他人のフィルターを通して提供される物が多いですからね、今の我々とて大差ないですよ、気を付けましょう。

目的に合う合わないは、彼らの立場で考えようとする私と、結果を中心に仰言るあなたとでは平行線しか無いですかねぇ。

指導者が馬鹿な事をさせるって構造は同じですね。


>愚かな行為は愚かな行為として評価し、その理由を問い続ける必要があります。

彼らの自己犠牲の精神は愚かだとは思いません、むしろその純粋さに感動すら覚えます、だが、その純粋さを愚かな作戦に使われてしまった。この崇高な人間性と無謀で残酷な作戦との対比が戦争の非人間性を際立たせ、深い悲しみと強い憤りを感じさせているのだと思います。

もし戦争に勝利していれば我々の眼は曇り、特攻兵を英雄視し、作戦を賞賛していたかもしれません。
問い続けるべきは特攻行為ではなく、戦争の可否そのものだと思います。
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