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「脱走に失敗すれば公開処刑」

投稿者: ahoochina2000 投稿日時: 2006/08/20 19:07 投稿番号: [36245 / 230347]
北に併合されてしまうと現実のものとなる。
中共に吸収されても似たり寄ったりだろうな。




>脱北者キム・ウンチョルさんの壮絶な耀徳収容所体験談(下)

◆脱走に失敗すれば公開処刑   

  わたしが耀徳収容所にいたとき、公開処刑が2回あった。チェ・クァンホさんは2000年8月、草刈り作業に向かったときにアズサの木の下で眠ってしまい、隊列から離れた。戻ったら鞭で打たれるのではないかと恐れ、しばらく隠れていたが、3日後に警備隊に捕まった。それからわずか10日後に公開銃殺刑になった。またキム・ホシクさんは2003年2月28日、ハギの刈り取りに行ったときにジャガイモを盗み食いしようとして、そのまま逃亡した。保衛部が犬を放して捜索し、キムさんは顔を犬に噛みちぎられた姿で連行された。彼が連れてこられたとき、収容者が全員集められ、「見ろ、逃げたらこうなる。われわれは外国だろうとどこだろうと必ず捕まえる」と言われた。彼はそれから5日後に処刑された。3人の軍人が6発ずつ銃撃した。

◆死を覚悟で脱出   

  2003年7月、どういう風の吹き回しか、突然出所命令が出た。「党の配慮で釈放する。再犯の場合は死刑だ」といわれた。当時、北朝鮮では韓国のテレビドラマや映画が流行していた。中国での経験があったのでビデオを販売した。『オールイン 運命の愛』『将軍の息子』『秋の童話』『野人時代』などのビデオを売って、かなり稼いだ。脱北ではなく商売のために中国へ出入りしたこともある。もちろん、保衛部の軍人にわいろをかなり渡した。

  しかし、わいろを渡さなかった軍人に引っかかって危ない目にあった。本当に死ぬしかないと思った。わたしの一生はこれで終わるんだという思いで北朝鮮を脱出した。幸いにも同胞に助けられ、韓国に来ることができた。26歳にして新しい生活の第一歩を踏み出した。

整理=姜哲煥(カン・チョルファン)記者

朝鮮日報
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