Re: トピが乱れている<丶`д´> そ
投稿者: narurin 投稿日時: 2006/08/14 12:15 投稿番号: [35508 / 230347]
上海独立政府について
kim氏が良く上げるレスに、上記のものがあります。これについて、小学校レベルの教科書では、以下のように書いてあります。
「大韓民国臨時政府は、中国の諸地域に散在して戦った独立軍を一つに集めて光復軍を組織した。そして、日本の軍隊に強制徴用されたが脱出した青年達も、光復軍に移ってきた。光復軍は祖国の独立を取り戻すため、厳しい訓練をしながら時期を待っていた。ついに日本が大事に世界大戦を起こした。そこで、臨時政府は日本に宣戦布告をして、連合軍と連絡を取りながら独立戦争を展開していった。我が民族の独立の意志が広く知られると、世界の強大国も我が国の独立を約束せずにはいられなくなった。このように民族全体が国の内外で力を合わせて日本に抵抗したので、ついに私たちは光復を迎えることができた。
(韓国教育開発院編、1997年3月、石渡延男監訳「世界の教科書シリーズ3わかりやす韓国の歴史−国定韓国小学校社会科教科書」明石書店 2001年)」
さて、ここに登場する臨時政府なる物は、いかにも、戦時中日本軍と戦い、世界中にその戦果を認められたようですが、本当は、どういう物だったのでしょうか?
臨時政府は、その内部に、李承晩、安昌浩ら外交活動によって列強の保証を得て独立を実現しようとする勢力と、李東輝ら武力闘争によって独立を達成しようとする勢力によって独立を達成しようとする勢力との対立があり、1921年には李東輝は国務総理を辞任しました。1923年には内紛収集のために国民代表会議が開催されましたが、臨時政府解体、新組織建設を主張する創造派と、臨時政府維持を主張する改造派とが対立して、決裂しました。この後、臨時政府に結集する勢力は減少し、実質的には独立運動団体のひとつにすぎなくなりました。(武田幸男編「新版、世界各国史2 朝鮮史」山川出版社、2000年)より。
つまり、臨時政府成る物は、たいした影響を持つ物ではなく、「独立運動団体の一つ」でしかなかったわけです。
その状況として、ハワイ大学の教授、徐大粛教授は次のように書いています。
朝鮮の政治指導者達は臨時政府を作るために上海に集まったが、有効な制度を作ることができなかったため、瓦解した。臨時政府が生き残ったのは、臨時政府の元内務部長官(金九)の虚栄心と政治的野心を満たすためだけであった。共産主義者に限らず、朝鮮民族革命の大多数の民族主義者も臨時政府の存続に異議を唱えた。臨時政府の幹部、金九は、安恭根(テロリストの安重根の兄弟)の率いるテロリスト組織と同類の、大規模で、しかも緊密に組織された政治集団をもっていた。彼らの活動は、主にテロ活動に集約されていた。(徐大粛「朝鮮共産主義運動史 1918〜1948」コリア評論社)
さて、この中に出てくる金九ですが、筑波大学教授の古田博司氏は、次のように指摘しています。
「1940年、金九は臨時政府の大統領となったが、中国国民党および当時の中国政府の勧める金元奉を主導者とする朝鮮民族革命党との統一に失敗し、国際的な承認を得ることが出来なかった。国民党政府の強い圧力によってかろうじて維持されてきた臨時政府は日本の降伏後統率力を失い、事実上の解体状態に陥った。」
ようするに、全くまとまらず、国際的承認すら得られず、終戦とともに解散してしまったわけです。
で、韓国の高校レベルの教科書では、以下のように書いています。
「これに先立ち、金元奉の朝鮮民族革命党は朝鮮義勇隊を結成し、中国各地で抗日闘争を展開していた。そこで、韓国光復軍は、朝鮮義勇隊を吸収統合して軍事力を増強し、中国国民党政府との積極的な協力の下に連合軍の一員として抗日戦争に参加するために努力した。」
全く逆ですよね。
こういった歴史の嘘を、小さな頃から植え付け、自国民を洗脳していくと、なれの果ては北朝鮮のように、国際社会から孤立していくしかなくなるのです。
真実から目を背け、親日派財産没収などやっていると、いつまでたっても、暗闇から脱出できません。
韓国の一見惨めに見える歴史は、しかし、あの地政学的条件で、朝鮮民族を生き残らせてきたのです。ある意味、凄いことだと思うのです。
しかし、それが彼らには理解できず、本来なら、韓国、いや、朝鮮半島の英雄であるはずの併合を推進した人たちを、墓まで暴き、愚弄している朝鮮人達。裁きの火は、案外同じ民族からもたらされるのではないでしょうか?
kim氏が良く上げるレスに、上記のものがあります。これについて、小学校レベルの教科書では、以下のように書いてあります。
「大韓民国臨時政府は、中国の諸地域に散在して戦った独立軍を一つに集めて光復軍を組織した。そして、日本の軍隊に強制徴用されたが脱出した青年達も、光復軍に移ってきた。光復軍は祖国の独立を取り戻すため、厳しい訓練をしながら時期を待っていた。ついに日本が大事に世界大戦を起こした。そこで、臨時政府は日本に宣戦布告をして、連合軍と連絡を取りながら独立戦争を展開していった。我が民族の独立の意志が広く知られると、世界の強大国も我が国の独立を約束せずにはいられなくなった。このように民族全体が国の内外で力を合わせて日本に抵抗したので、ついに私たちは光復を迎えることができた。
(韓国教育開発院編、1997年3月、石渡延男監訳「世界の教科書シリーズ3わかりやす韓国の歴史−国定韓国小学校社会科教科書」明石書店 2001年)」
さて、ここに登場する臨時政府なる物は、いかにも、戦時中日本軍と戦い、世界中にその戦果を認められたようですが、本当は、どういう物だったのでしょうか?
臨時政府は、その内部に、李承晩、安昌浩ら外交活動によって列強の保証を得て独立を実現しようとする勢力と、李東輝ら武力闘争によって独立を達成しようとする勢力によって独立を達成しようとする勢力との対立があり、1921年には李東輝は国務総理を辞任しました。1923年には内紛収集のために国民代表会議が開催されましたが、臨時政府解体、新組織建設を主張する創造派と、臨時政府維持を主張する改造派とが対立して、決裂しました。この後、臨時政府に結集する勢力は減少し、実質的には独立運動団体のひとつにすぎなくなりました。(武田幸男編「新版、世界各国史2 朝鮮史」山川出版社、2000年)より。
つまり、臨時政府成る物は、たいした影響を持つ物ではなく、「独立運動団体の一つ」でしかなかったわけです。
その状況として、ハワイ大学の教授、徐大粛教授は次のように書いています。
朝鮮の政治指導者達は臨時政府を作るために上海に集まったが、有効な制度を作ることができなかったため、瓦解した。臨時政府が生き残ったのは、臨時政府の元内務部長官(金九)の虚栄心と政治的野心を満たすためだけであった。共産主義者に限らず、朝鮮民族革命の大多数の民族主義者も臨時政府の存続に異議を唱えた。臨時政府の幹部、金九は、安恭根(テロリストの安重根の兄弟)の率いるテロリスト組織と同類の、大規模で、しかも緊密に組織された政治集団をもっていた。彼らの活動は、主にテロ活動に集約されていた。(徐大粛「朝鮮共産主義運動史 1918〜1948」コリア評論社)
さて、この中に出てくる金九ですが、筑波大学教授の古田博司氏は、次のように指摘しています。
「1940年、金九は臨時政府の大統領となったが、中国国民党および当時の中国政府の勧める金元奉を主導者とする朝鮮民族革命党との統一に失敗し、国際的な承認を得ることが出来なかった。国民党政府の強い圧力によってかろうじて維持されてきた臨時政府は日本の降伏後統率力を失い、事実上の解体状態に陥った。」
ようするに、全くまとまらず、国際的承認すら得られず、終戦とともに解散してしまったわけです。
で、韓国の高校レベルの教科書では、以下のように書いています。
「これに先立ち、金元奉の朝鮮民族革命党は朝鮮義勇隊を結成し、中国各地で抗日闘争を展開していた。そこで、韓国光復軍は、朝鮮義勇隊を吸収統合して軍事力を増強し、中国国民党政府との積極的な協力の下に連合軍の一員として抗日戦争に参加するために努力した。」
全く逆ですよね。
こういった歴史の嘘を、小さな頃から植え付け、自国民を洗脳していくと、なれの果ては北朝鮮のように、国際社会から孤立していくしかなくなるのです。
真実から目を背け、親日派財産没収などやっていると、いつまでたっても、暗闇から脱出できません。
韓国の一見惨めに見える歴史は、しかし、あの地政学的条件で、朝鮮民族を生き残らせてきたのです。ある意味、凄いことだと思うのです。
しかし、それが彼らには理解できず、本来なら、韓国、いや、朝鮮半島の英雄であるはずの併合を推進した人たちを、墓まで暴き、愚弄している朝鮮人達。裁きの火は、案外同じ民族からもたらされるのではないでしょうか?
これは メッセージ 35495 (kim_taek_ioo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/35508.html