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謝罪しても・・・・

投稿者: arekisanndoraito 投稿日時: 2006/08/08 01:20 投稿番号: [34856 / 230347]
初めまして。
日韓友好とか言うのは簡単ですが、当の韓国・北朝鮮に日本と友好関係を結ぼうという、意思はあるのでしょうか?疑わしいです。
今月発売の「月刊現代」9月号にそれを示唆するような記事が載っていました。タイトルは『解決されていた「もう一つの靖国英霊問題」。
執筆者は伊藤孝司というジャーナリストです。興味を持たれたら、目を通して見てください。
内容は、秀吉軍撃退を記念して作られた北関大捷碑という石碑が、日露戦争時に、日本軍人の手で、日本に運び込まれ靖国神社に寄付された。それがある韓国人研究者に発見され、韓国と北朝鮮が返還を要求。神社の所有物だから、と拒否する日本政府に代わって「日韓仏教福祉協会」会長で僧侶の方が、両国の間を奔走し、大変な時間と手間暇をかけ、苦労の末に、遂に石碑は返還され、韓国へ戻されました。しかし、ソウルでの式典で、この日本人僧侶への感謝やねぎらいの言葉は一切なく、南北朝鮮が協力しあって、日本から取り戻したということにされ、功労は韓国側の交渉相手だったお坊さん一人の手柄にされ、日本人僧侶は式典こそかろうじて招かれたものの、一般参加者扱いで、名前すら呼ばれませんでした。このお坊さんは、ソウルでの式典の後こう言っています。「僕個人とすれば、一番後ろの席でも構わないけれどもうちょっと、日本の努力をたたえてくれればよかったと思います。どうして感謝の心を表せないのかな。今の日韓の情勢からすると、早い話が韓国は「日本に頭を下げる必要はない。返してくれれば黙って受け取る」というぐらいの姿勢でしょ。」さらに、石碑は北朝鮮に(先方の強硬な要求によって)引き渡されましたが、その時の式典にはお坊さんは遠慮して出席しなかったそうです。この時も、石碑が戻ったのは、韓国と北朝鮮が協力しあった結果だと、自画自賛しあい、当然のことながら、日本人僧侶に言及するものは一人もいませんでした。それどころか、靖国神社に置かれていた時、石碑の上に重い石が乗っていたことを取り上げて、北朝鮮側関係者は、「日本が朝鮮民族の魂を踏み潰そうとした証拠だ。」とまで言いました。
韓国側の関係者も、伊藤氏がインタビューした時は、感謝している、と言うのですが、それを絶対に公表しないのです。
一読した後、実に嫌な気持ちになりました。500年前の出来事を真摯に償おうとした日本人の真心と誠意が、南北朝鮮によって利用され、踏みつけにされたのです。伊藤孝司氏は、一体どういう意味で「解決されていたもう一つの靖国問題」などという、タイトルをつけたのか、理解に苦しみます。
これのどこが解決なのですか?お人よしの日本人が、良かれと思ってやったことが、認められず感謝もされず、政治利用されただけではないですか?
解決なんかしていませんよ。そりゃ、秀吉軍の侵攻に大勢の朝鮮人が苦しんだことは悪かったと思いますよ。石碑返還の努力をしたからって、その罪は消えないし、大仰な感謝をしてくれとは言いません。でも一言くらい、大変な努力をしたそのお坊さんに礼を言ってくれてもいいじゃないですか!せめて、日本人の中にもこういう方がいます、くらい言ってくれてもいいじゃないですか!謝罪しても、償いをしても、絶対許そうとしない人たち。
謝り続けるのが嫌になりました。
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