Re: これでも、人間の一種なのか?
投稿者: so_dana_a 投稿日時: 2006/06/02 11:47 投稿番号: [25328 / 230347]
シュリーマンが中国と日本を訪れたのは日本が明治になる3年前の1865年。
シュリーマンは、その旅行記『清国・日本』で当時の日本を絶賛している。
ただしキリスト教的道徳観念からくる潔癖さで、理解できなかった点として、混浴と吉原が取り上げられているのは事実だ。
日本人の勤勉さや誠実さ町の清潔さについて証言する外国人はシュリーマンに限らず大変多い。
逆に中国人や韓国人についての記述は、日本との対比を浮き上がらせている。
例えば1905年5月5日号のノース・チャイナ・ヘラルド紙にはエッソン・サード記者によって次のような記事が書かれている。
「朝鮮ほど贈賄や腐敗がよく見られる国もないだろう。また、この半島ほどなんの理由もなくだましたり、だまされたりすることが広く行なわれている国もない。そして、これまで朝鮮政府ほど詐欺、うそ、横領が満ちあふれ、骨の髄まで堕落した政府はなかった。しかし、朝鮮はそのような自分たちのやり方に慣れ、これには気づかなくなっており、他人の欠点ばかりが見えるのだ」
今から100年ほど前に、今の朝鮮人そのままの姿が記述されているのは、驚異的な事だ。変わらない朝鮮人の姿にある意味凄さを感じる(笑)
これは メッセージ 25308 (yestokorea さん)への返信です.
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