テロを見ても怒らない人々
投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2006/05/23 15:13 投稿番号: [24442 / 230347]
【社説】テロを見ても怒らない人々
政治家に対するテロは一社会全体を極端な対決に追いやることもあり得ることから、警戒が必要だ。サラエボでの銃声1発が第1次世界大戦の直接的きっかけになり、1960年代米国ではケネディ大統領とマーチン・ルーサー・キング牧師が暗殺され、民主主義は大きく委縮した。
21世紀、大韓民国で白昼に起こった朴槿恵(パク・クンヘ)ハンナラ党代表に対するテロに憂慮と怒りを禁じ得ないのもこのためだ。テロは一自然人の生命を脅かすだけでなく、我々社会の根をゆるがす危険性を内包しているため徹底的に排撃されなければならない。
ところでこんなテロにも怒らない人々がいる。「ノサモ(盧武鉉を愛する人の集まり)」のノ・ヘギョン代表みたいな人々だ。彼女はノサモホームページに投稿した文で、朴代表に対し「最初17針縫ったと言ったが、60針縫ったというのを見れば整形も一緒にしたようだ」と述べた。彼女はまた「整形手術の実力が世界で最もすぐれた韓国」とし「おそらく傷あともなく治るだろう」と書いた。ノ氏はその文が問題になると一歩遅れて弁明したが、その文を読んだ人々は朴代表に対する慰労よりは物笑いしていると感じる。ノ氏は現政権に入って青瓦台(チョンワデ、大統領府)広報企画秘書官に起用され、その後、ノサモ代表になった。誰が見てもノ氏は盧大統領側だ。だからノ氏は政治的に極度に敏感な事案に対して誤解を招かないように気を付けなければならなかった。ノ氏のこうした文は結局、盧大統領にもマイナスだ。
一部のネチズンの衝動的な文も問題だ。「朴代表の自作劇」だとか「むしろ死ななければならなかった」という文にはぞっとする。「与党の企画」だとか「共産主義者をたたきつぶす絶好の機会」というなどの文も不適当だ。
社会を乱す無責任で煽動的な文は自粛しなければならない。テロは民主社会の最大の敵だ。テロに対しては理念や政治性向と関係なく公憤を感じるのが当然だ。テロに怒らない人々は我々社会の構成員になる資格がない。
2006.05.23 08:27:20
ttp://japanese.joins.com/article/article.php?aid=75983&servcode=100§code=110
これは メッセージ 24441 (akanbei_21c さん)への返信です.
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