対民族意識 > ahirutousagi2さん
投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/11/09 10:49 投稿番号: [2344 / 230347]
ahirutousagi2さん、丁寧なレスありがとうございました。
一日二日で書き飛ばしたものですので、詰めも何もできていない論ですから、場合によってはレスが
つかなくてもしょうがないと思ったくらいで、ご意見をいただいて望外です。
さて私の持つ希望は、まさか千年の悠久を言うわけではありませんが、今日明日、半年一年といった
近々のことでもありません。数十年のスパンで、変わるものなら変われるという可能性に賭ける希望と
おとり下さい。来年のことを話すと鬼が笑うと申しますが、五年、十年先まで日韓ともに今の政体が続く
かどうかもわかりません。何らかの根本的な状況の変化がありさえすれば、そして風向きが変わりさえ
すれば、あっという間によい方へいくかもしれないと、そのぐらいの期待は持ってよろしかろうと…
そして「居心地のいい民族主義」には参りました。まさにおっしゃる通り、ぴたっと状況にはまる言
葉ではないかと思います。水は低きに流れるの喩え通り、人の情だって安逸で通りのよい方に向いてし
まいますからね。
私の考えている「われわれができる事」というのも、煎じ詰めればそこに関わってくることです。
一言で「居心地を悪くしてもらう」となりましょうか。もう少し付け足すならば、「垣根を取っ払いな
がら、近間でものわかりを悪くする」というようなことです。
舌足らずで申し訳ないですが、愚になりながら交流を深めることです。私たちは今までものわかりが
良すぎた。一知半解。聞きかじりの知識で、生半な同情をして、口当たりの良い言葉で表面的なつきあ
いを求めていた。そうは考えられませんか?
確かに、先様の言い分を御尤もと聞いて、謝罪、ご同情申し上げればそりゃあすぐに「連帯」できる
でしょう。でもそれに大した意味があるか疑問です。真の他者との交流というのは、相手を変え己を変え
るところに意義があるはずです(ちょっと大上段に構えた物言いですが…笑)
私はほとほと日韓の歴史をほじくり返しながらそう思いました。常識と思っていた知識も、叩けば
埃がもうもうでした。ソクラテスの昔から、建前を崩すには「愚者の問い」が一番。自分が本当は何も
知らないんだという、その徹底的なへりくだり、そして常識に対する懐疑。こういったものをぶつけて、
じゃあ一緒に調べてみようじゃないかと、相手をゆするんです。(強請りではありません 笑)
そう簡単にはつきあってもらえないかもしれません。ただ、正面対決だけでも相手を揺さぶることに
はならないんじゃないか、ぐらいは私も気づき始めてきました。前は知識を以って堂々突破がいいと
思っていたのですが、理屈は屁理屈にかわされたりもします。小理屈を言う相手には、愚で対峙して、
相手が音をあげるまで「居心地を悪く」させるような方法が、今は良いかと思ってきております。
いい言葉を教えていただき、急に方針が見えてきたような感じです。ありがとうございました。
さて「血」の方は、また稿を改めてレスさせていただきます。
とりあえず、お返事とこの間の続きとして、この文を上げさせていただきます。
一日二日で書き飛ばしたものですので、詰めも何もできていない論ですから、場合によってはレスが
つかなくてもしょうがないと思ったくらいで、ご意見をいただいて望外です。
さて私の持つ希望は、まさか千年の悠久を言うわけではありませんが、今日明日、半年一年といった
近々のことでもありません。数十年のスパンで、変わるものなら変われるという可能性に賭ける希望と
おとり下さい。来年のことを話すと鬼が笑うと申しますが、五年、十年先まで日韓ともに今の政体が続く
かどうかもわかりません。何らかの根本的な状況の変化がありさえすれば、そして風向きが変わりさえ
すれば、あっという間によい方へいくかもしれないと、そのぐらいの期待は持ってよろしかろうと…
そして「居心地のいい民族主義」には参りました。まさにおっしゃる通り、ぴたっと状況にはまる言
葉ではないかと思います。水は低きに流れるの喩え通り、人の情だって安逸で通りのよい方に向いてし
まいますからね。
私の考えている「われわれができる事」というのも、煎じ詰めればそこに関わってくることです。
一言で「居心地を悪くしてもらう」となりましょうか。もう少し付け足すならば、「垣根を取っ払いな
がら、近間でものわかりを悪くする」というようなことです。
舌足らずで申し訳ないですが、愚になりながら交流を深めることです。私たちは今までものわかりが
良すぎた。一知半解。聞きかじりの知識で、生半な同情をして、口当たりの良い言葉で表面的なつきあ
いを求めていた。そうは考えられませんか?
確かに、先様の言い分を御尤もと聞いて、謝罪、ご同情申し上げればそりゃあすぐに「連帯」できる
でしょう。でもそれに大した意味があるか疑問です。真の他者との交流というのは、相手を変え己を変え
るところに意義があるはずです(ちょっと大上段に構えた物言いですが…笑)
私はほとほと日韓の歴史をほじくり返しながらそう思いました。常識と思っていた知識も、叩けば
埃がもうもうでした。ソクラテスの昔から、建前を崩すには「愚者の問い」が一番。自分が本当は何も
知らないんだという、その徹底的なへりくだり、そして常識に対する懐疑。こういったものをぶつけて、
じゃあ一緒に調べてみようじゃないかと、相手をゆするんです。(強請りではありません 笑)
そう簡単にはつきあってもらえないかもしれません。ただ、正面対決だけでも相手を揺さぶることに
はならないんじゃないか、ぐらいは私も気づき始めてきました。前は知識を以って堂々突破がいいと
思っていたのですが、理屈は屁理屈にかわされたりもします。小理屈を言う相手には、愚で対峙して、
相手が音をあげるまで「居心地を悪く」させるような方法が、今は良いかと思ってきております。
いい言葉を教えていただき、急に方針が見えてきたような感じです。ありがとうございました。
さて「血」の方は、また稿を改めてレスさせていただきます。
とりあえず、お返事とこの間の続きとして、この文を上げさせていただきます。
これは メッセージ 2341 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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