断髪令 (朝鮮)
投稿者: mahalo777dx 投稿日時: 2012/10/08 01:14 投稿番号: [225815 / 230347]
断髪令(だんぱつれい、단발령、タンバリョン)は、1895年12月30日(旧暦11月15日)に朝鮮で出された、男性のまげを切らせる詔勅である。金弘集らが進めていた近代化政策である甲午改革、乙未改革の一環として行われたが、「身体、髪の毛、肌は父母から譲り受けたもので、傷つけないのが孝の始まりだ」という儒教の考えから反発が広まり、また断髪令は日本の真似だとして反日感情にも結びつき、乙未義兵が発生する原因にもなった。露館播遷後に、人心を収拾するため、断髪令は撤回された。
当時から大衆迎合の政治であり感情的理由で法令さえも簡単にくつがえしている。
また反発をまねいたのは日本の断髪令とはちがい詔勅という強制であったことも関係しているようだ。
日本のは正確には散髪脱刀令。
散髪です。髪型は自由にしていいよということ。正岡子規の祖父もチョンマゲでした。
おもいつきでやって反発されたからやめたチョンのチョン髪禁止とはちがいますね。
むしろ強制を解除したのが日本の断髪令。
正反対のものです。
これは メッセージ 1 (the_rich_and_smooth さん)への返信です.
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