Re: トピちゃん飛ばしてるねえ(笑)
投稿者: run_run72 投稿日時: 2012/06/26 22:10 投稿番号: [215965 / 230347]
>和林格爾後漢墓は検索で幾らでも調査記録があるぞ!(猛爆)
では、提示しろよ。
口だけトピ屑。
誤魔化さずにな。
>日本の内部構造が解るのか?(猛爆)
たくさんあるが、桜井茶臼山古墳。
新聞記事にはくっきりと内部の構造が写ってるし、
その前後の写真もみな。
全長200mにもなる巨大前方後円墳だ。
このサイトには、他の前方後円墳もあるな。
http://www.eonet.ne.jp/~adachiitami/newpage19.html
奈良県立橿原考古学研究所の説明史料。
http://www.kashikoken.jp/from-site/2002/chausuyama.html
>竪穴式石室 竪穴式石室は、1949年に発掘調査がおこなわれました。後円部上面から約0.8m下に埋め込まれた石室は、南北6.75m・東西1.13m・高さ約1.6mを測る大形のものでした。12枚の天井石と垂直な側壁、そして板石が敷き詰められた床面によって形作られた石室には、大きな木棺が納められていました。
仁徳天皇陵については、
http://www.city.sakai.lg.jp/hakubutu/ninhya.html#NINHYA_03
>2.前方部の石室と石棺
>明治5年(1872)に前方部の前面の斜面で発見された石室と石棺を、堺県令の税所篤(さいしょあつし)が絵師に描かせています。絵図には、石室の長さは東西方向におよそ1丈2〜3尺(3.9メートル)、幅が南北方向におよそ8尺(2.4メートル)あまりで、20〜30センチメートル程の丸石(自然石)を積上げて造られ、大石3枚で覆っていたと記されています。石室の中に納められていた石棺は蓋の大きさが幅4.8尺(1.45メートル)、長さ8〜9尺(2.4〜2.7メートル)、高さは3尺(0.9メートル)で、石棺の全体の高さは推定で5尺3寸(1.6メートル)程とみられ、石材が凝灰岩として比重計算すると30トンはあると思われます。石棺は、蓋石が丸く盛り上がっていて亀の甲羅のようだと記されています。また石棺を据える時に縄を掛けた縄掛け突起が径1尺4寸(42センチメートル)と大きく、前面に朱が塗られているのが特徴です。
絵図については、こっちの方がわかりやすい。
http://bell.jp/pancho/travel/furuiti-mozu%20kofungun/daisen-kofun.htm
さあ、こんどはお前の番だ。
和林格爾後漢墓の内部構造の資料なり図面を出せよ。
>小屋の位置が同じなら、同じなんだよ。違うというなら、証明できる資料を出せよ。(猛爆)
位置が同じ?
小屋と古墳の距離、
小屋の形状、
古墳自体の形状も全部違うが?
では、提示しろよ。
口だけトピ屑。
誤魔化さずにな。
>日本の内部構造が解るのか?(猛爆)
たくさんあるが、桜井茶臼山古墳。
新聞記事にはくっきりと内部の構造が写ってるし、
その前後の写真もみな。
全長200mにもなる巨大前方後円墳だ。
このサイトには、他の前方後円墳もあるな。
http://www.eonet.ne.jp/~adachiitami/newpage19.html
奈良県立橿原考古学研究所の説明史料。
http://www.kashikoken.jp/from-site/2002/chausuyama.html
>竪穴式石室 竪穴式石室は、1949年に発掘調査がおこなわれました。後円部上面から約0.8m下に埋め込まれた石室は、南北6.75m・東西1.13m・高さ約1.6mを測る大形のものでした。12枚の天井石と垂直な側壁、そして板石が敷き詰められた床面によって形作られた石室には、大きな木棺が納められていました。
仁徳天皇陵については、
http://www.city.sakai.lg.jp/hakubutu/ninhya.html#NINHYA_03
>2.前方部の石室と石棺
>明治5年(1872)に前方部の前面の斜面で発見された石室と石棺を、堺県令の税所篤(さいしょあつし)が絵師に描かせています。絵図には、石室の長さは東西方向におよそ1丈2〜3尺(3.9メートル)、幅が南北方向におよそ8尺(2.4メートル)あまりで、20〜30センチメートル程の丸石(自然石)を積上げて造られ、大石3枚で覆っていたと記されています。石室の中に納められていた石棺は蓋の大きさが幅4.8尺(1.45メートル)、長さ8〜9尺(2.4〜2.7メートル)、高さは3尺(0.9メートル)で、石棺の全体の高さは推定で5尺3寸(1.6メートル)程とみられ、石材が凝灰岩として比重計算すると30トンはあると思われます。石棺は、蓋石が丸く盛り上がっていて亀の甲羅のようだと記されています。また石棺を据える時に縄を掛けた縄掛け突起が径1尺4寸(42センチメートル)と大きく、前面に朱が塗られているのが特徴です。
絵図については、こっちの方がわかりやすい。
http://bell.jp/pancho/travel/furuiti-mozu%20kofungun/daisen-kofun.htm
さあ、こんどはお前の番だ。
和林格爾後漢墓の内部構造の資料なり図面を出せよ。
>小屋の位置が同じなら、同じなんだよ。違うというなら、証明できる資料を出せよ。(猛爆)
位置が同じ?
小屋と古墳の距離、
小屋の形状、
古墳自体の形状も全部違うが?
これは メッセージ 215963 (topics_jk さん)への返信です.
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