Re: おバカなトピ屑ちゃん(笑)
投稿者: asianrobo 投稿日時: 2012/05/22 01:13 投稿番号: [214278 / 230347]
>令外官・・懐かしい単語(笑)
確かにそうですね。
従二位右大臣とか、そういう組み合わせでないと(笑)
坂上田村麻呂なんかも、征夷大将軍に任じられた際は従四位下で、その後も昇進してますしね、年功ではなく主に武功でw
>ウン百年たって尋ねてきで、姓のことでもエピソードがあったから、
それ自体珍しい話なので、わざわざ、
『続日本紀』光仁天皇天応元年(781)7月の記事として
採録された、ということですか(笑)
いや、単に奏上して許された出来事なんで記載されただけかと。
渡来人である栗原勝子公が、
「うちの祖先は中臣伊賀都臣で、なんでかって言うと、伊賀都臣が使者として百済に赴いた際に現地妻との間に生まれた本大臣、小大臣て子供の子孫だからなんです〜。んで、そのうちの祖先が日本に渡って来てからなんですけど、美濃の不破にある栗原って所に土地貰って住んでたから、栗原勝って姓になったんです。でも、中臣を先祖に持ってるんで、中臣栗原連って姓貰えないかな〜って。」って奏上して、子公を含めて男女18人に中臣栗原連の姓が許されたって話なんで。
まあ、続日本紀を研究しているわけではないので、経緯が珍しいからなのか、中身がどうあれ中臣に拘わる話なんで記述されたのかまでは解りませんが(苦笑)。
>エルグ君も鎌足が渡来系とか確か書いてましたけど、
これが根拠なら大爆笑です。
単に、ネット上のトンでも論を見つけてホルホルしているだけでしょうね。
そのトンでも論の根拠が栗原勝子公の記述ってのは多いみたいなんで、間接的に根拠となっている可能性は高いですが。
つ〜か、トピ屑のレスに貼った奴とか酷いですもん(苦笑)。
渡来系であることを隠し続け、史書の編纂に携わり、古からの日本の氏族であると印象操作を続けてきた中臣氏が、
「ここまで書けば、もう大丈夫だろう。我われが日本古来から連綿と続いている氏族であると認めてくれるだろう。そろそろ本当のことを書いても、我われが、百済からやってきたとは、もう誰も思うまい」
と、思って書いた暴露話が続日本紀のあの記述だってんだから。
MMRでももう少しマシな事書くだろうってw
>鎌足には中臣栗原連という系統の血は流れてないじゃん(笑)
確認できてよかったです。
つ〜か、中臣鎌足が渡来系って言うトンでも論の根拠としてアレ出してきたのか未だに理解出来ないんですが。
伊賀都臣が本大臣か小大臣のどちらかの子孫だって記述ならともかく、逆に伊賀都臣の子が本大臣と小大臣で、渡ってきたのもその子孫で、更に渡って来てからも、栗原勝って姓を得るくらいの時間、美濃の不破の栗原に住んでたって言うんだから、中臣鎌足とは全く無関係。
中臣鎌足と関連があるって言うのもかなりのこじつけで、平清盛と源頼朝が親戚だってって言ってるようなもんですしね。
>母方、父方それぞれの苗字と同じ有名人はご先祖様だと
思ってましたから(笑)
まあ、子供の頃はそういうことってよく考えますし、100%無いとは言いきれませんから(苦笑)。
確かにそうですね。
従二位右大臣とか、そういう組み合わせでないと(笑)
坂上田村麻呂なんかも、征夷大将軍に任じられた際は従四位下で、その後も昇進してますしね、年功ではなく主に武功でw
>ウン百年たって尋ねてきで、姓のことでもエピソードがあったから、
それ自体珍しい話なので、わざわざ、
『続日本紀』光仁天皇天応元年(781)7月の記事として
採録された、ということですか(笑)
いや、単に奏上して許された出来事なんで記載されただけかと。
渡来人である栗原勝子公が、
「うちの祖先は中臣伊賀都臣で、なんでかって言うと、伊賀都臣が使者として百済に赴いた際に現地妻との間に生まれた本大臣、小大臣て子供の子孫だからなんです〜。んで、そのうちの祖先が日本に渡って来てからなんですけど、美濃の不破にある栗原って所に土地貰って住んでたから、栗原勝って姓になったんです。でも、中臣を先祖に持ってるんで、中臣栗原連って姓貰えないかな〜って。」って奏上して、子公を含めて男女18人に中臣栗原連の姓が許されたって話なんで。
まあ、続日本紀を研究しているわけではないので、経緯が珍しいからなのか、中身がどうあれ中臣に拘わる話なんで記述されたのかまでは解りませんが(苦笑)。
>エルグ君も鎌足が渡来系とか確か書いてましたけど、
これが根拠なら大爆笑です。
単に、ネット上のトンでも論を見つけてホルホルしているだけでしょうね。
そのトンでも論の根拠が栗原勝子公の記述ってのは多いみたいなんで、間接的に根拠となっている可能性は高いですが。
つ〜か、トピ屑のレスに貼った奴とか酷いですもん(苦笑)。
渡来系であることを隠し続け、史書の編纂に携わり、古からの日本の氏族であると印象操作を続けてきた中臣氏が、
「ここまで書けば、もう大丈夫だろう。我われが日本古来から連綿と続いている氏族であると認めてくれるだろう。そろそろ本当のことを書いても、我われが、百済からやってきたとは、もう誰も思うまい」
と、思って書いた暴露話が続日本紀のあの記述だってんだから。
MMRでももう少しマシな事書くだろうってw
>鎌足には中臣栗原連という系統の血は流れてないじゃん(笑)
確認できてよかったです。
つ〜か、中臣鎌足が渡来系って言うトンでも論の根拠としてアレ出してきたのか未だに理解出来ないんですが。
伊賀都臣が本大臣か小大臣のどちらかの子孫だって記述ならともかく、逆に伊賀都臣の子が本大臣と小大臣で、渡ってきたのもその子孫で、更に渡って来てからも、栗原勝って姓を得るくらいの時間、美濃の不破の栗原に住んでたって言うんだから、中臣鎌足とは全く無関係。
中臣鎌足と関連があるって言うのもかなりのこじつけで、平清盛と源頼朝が親戚だってって言ってるようなもんですしね。
>母方、父方それぞれの苗字と同じ有名人はご先祖様だと
思ってましたから(笑)
まあ、子供の頃はそういうことってよく考えますし、100%無いとは言いきれませんから(苦笑)。
これは メッセージ 214266 (run*run*2 さん)への返信です.
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