nijinijufunさん、横レスです >差別とは
投稿者: aoiparrot01 投稿日時: 2002/10/29 10:30 投稿番号: [2132 / 230347]
関西のご友人のお話を読んで、ちょっと書いてみたくなりました。
私も関西出身で、大学から東京の方で暮らしています。
中学の時私は関西にいたのですが、毎週のように同和教育があり、フィルムを見たり本を読んだりして授業後に必ずレポートを書きました。
中学に入るまで、家庭で同和の話を聞いた事がなかったので最初はとても驚きました。(もう何十年も前のことです。)
いかに酷い差別があるか、同和の人達は健気に闘っているか繰り返し教えられ、初めは義憤でいっぱいになりましたが、その内、ふと考えました。子供のことですから、とても幼稚な疑問でしたが、要するに、「何故このことを、こんなに教えようとするのだろう。これほど繰り返し教えなければ、過去のこととして忘れられたかもしれないのに。」と、いうことです。確かに学校で教えられるまで何も知らず、むしろ教えられてから、特別な目で見るようになってしまったわけです。
もちろん、レポートにはそうは書きませんでした。「とてもいけないと思います」と書きました。それは本心でもあり、またそう書かなければならない雰囲気を、ずる賢く察知していたと思います。
その後、上京してから東京ではそれほど同和教育が盛んではないことを知りました。
そして東京の友人は結婚に際しても、同和について問題にしている様子はありませんでした。あんなに教育を受けた関西では未だに根強い問題として残っているのに。
あそこまで差別の酷さを授業で見せつけられれば、被差別側に飛びこむ勇気が持てるでしょうか。差別を根絶する方法として、私が受けたような教育は正しいのでしょうか。nijinijufunさんのご友人の仰ることは、差別とは異なるものです。その方は、同和の人間を蔑視しているのではなく、自己防衛に過ぎないからです。
同和、在日の問題を含め、差別を助長しているのは誰なのか。
日韓の問題とはズレてしまいますが、従軍慰安婦にまつわる団体にも同様の問題があると思うので、お許し下さい。
文春文庫の「こんな歴史に誰がした」という本の中に、私が中学の時に感じた疑問が明快に説明されていました。
対談の記録であるこの本の中で、渡部昇一さんが、「差別の問題を解消する最大の方法は、忘れさることです。差別のあったことなど、過去のこととして葬るのが一番です。」と言っているのを読んだときには、思わずタイムスリップして、中学の教室が頭に浮かんできました。かつて日本にあった身分差別、武士と町人、地主と小作などは、今や風化しているのに、なぜ同和問題だけが残っているのか。
本には大まかにこのようなことが書かれていました。
1969年、同和対策事業特別措置法が制定され、多くの国家予算が同和対策に流れこんだ。その同和対策費にむらがる運動家が、この同和問題を大きくした。つまるところ、利権がらみであり、差別が無くなることを望んではいない運動家がいるということです。
もちろん、善意の運動家も大勢いると思います。善意の運動家ならば、おそらく差別を受けている当事者の意志を尊重するはずです。同和教育を徹底して子供達の頭に刷り込むことを、当事者たちが望んでいるとは私には思えない。
差別問題を商売にしている運動家やそれに付和雷同する集団と、真の運動家の線引きができれば、いいのですけど。
トピズレ本当に、ごめんなさい。
私も関西出身で、大学から東京の方で暮らしています。
中学の時私は関西にいたのですが、毎週のように同和教育があり、フィルムを見たり本を読んだりして授業後に必ずレポートを書きました。
中学に入るまで、家庭で同和の話を聞いた事がなかったので最初はとても驚きました。(もう何十年も前のことです。)
いかに酷い差別があるか、同和の人達は健気に闘っているか繰り返し教えられ、初めは義憤でいっぱいになりましたが、その内、ふと考えました。子供のことですから、とても幼稚な疑問でしたが、要するに、「何故このことを、こんなに教えようとするのだろう。これほど繰り返し教えなければ、過去のこととして忘れられたかもしれないのに。」と、いうことです。確かに学校で教えられるまで何も知らず、むしろ教えられてから、特別な目で見るようになってしまったわけです。
もちろん、レポートにはそうは書きませんでした。「とてもいけないと思います」と書きました。それは本心でもあり、またそう書かなければならない雰囲気を、ずる賢く察知していたと思います。
その後、上京してから東京ではそれほど同和教育が盛んではないことを知りました。
そして東京の友人は結婚に際しても、同和について問題にしている様子はありませんでした。あんなに教育を受けた関西では未だに根強い問題として残っているのに。
あそこまで差別の酷さを授業で見せつけられれば、被差別側に飛びこむ勇気が持てるでしょうか。差別を根絶する方法として、私が受けたような教育は正しいのでしょうか。nijinijufunさんのご友人の仰ることは、差別とは異なるものです。その方は、同和の人間を蔑視しているのではなく、自己防衛に過ぎないからです。
同和、在日の問題を含め、差別を助長しているのは誰なのか。
日韓の問題とはズレてしまいますが、従軍慰安婦にまつわる団体にも同様の問題があると思うので、お許し下さい。
文春文庫の「こんな歴史に誰がした」という本の中に、私が中学の時に感じた疑問が明快に説明されていました。
対談の記録であるこの本の中で、渡部昇一さんが、「差別の問題を解消する最大の方法は、忘れさることです。差別のあったことなど、過去のこととして葬るのが一番です。」と言っているのを読んだときには、思わずタイムスリップして、中学の教室が頭に浮かんできました。かつて日本にあった身分差別、武士と町人、地主と小作などは、今や風化しているのに、なぜ同和問題だけが残っているのか。
本には大まかにこのようなことが書かれていました。
1969年、同和対策事業特別措置法が制定され、多くの国家予算が同和対策に流れこんだ。その同和対策費にむらがる運動家が、この同和問題を大きくした。つまるところ、利権がらみであり、差別が無くなることを望んではいない運動家がいるということです。
もちろん、善意の運動家も大勢いると思います。善意の運動家ならば、おそらく差別を受けている当事者の意志を尊重するはずです。同和教育を徹底して子供達の頭に刷り込むことを、当事者たちが望んでいるとは私には思えない。
差別問題を商売にしている運動家やそれに付和雷同する集団と、真の運動家の線引きができれば、いいのですけど。
トピズレ本当に、ごめんなさい。
これは メッセージ 2125 (nijinijufun さん)への返信です.
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