日本と韓国の議論の広場

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Re: 日本と韓国の議論の広場

投稿者: rie2377 投稿日時: 2011/11/05 10:19 投稿番号: [201712 / 230347]
アホチョンが朝から隔離病棟の中で
妄想を喚いている

まあ、人数が多いようだが一人の多ハンだろう
これぞ朝鮮、外道の極み

こんな馬鹿を相手じゃ、皆さんうんざりする
そこで休日の時間潰しに

来年の大河ドラマは平清盛、栄華を誇った
平氏の最後となった壇ノ浦を


決戦壇ノ浦

屋島での合戦に敗れた平氏一門は、関門海峡近くの
彦島に辿り着く、体制を立て直し最後の戦いに
望みを繋いだのである

文治元年三月二十四日、追ってきた源氏勢と
雌雄を決するべく、壇ノ浦最終決戦の火蓋が
切って落とされた

平氏の擁する軍船は五百隻余り、一方源氏方は
八百五十隻に及んだ

緒戦は、潮の流れに乗った平氏が優勢に戦いを
進め源氏は苦戦を強いられていた

しかし天才武将義経は、したたかであった

皆の者、船頭に矢を射かけよ
他は捨て置け!

この義経の機略で、船頭に狙いを定め矢を
射掛けるとたちまち形勢は逆転していった

船頭を失った平家の軍船は行き場を失い、海上を
彷徨するばかり   この機を逃さず平家の軍船に
乗り込んだ源氏勢は次々に斬りかかり、平家方は
大混乱に陥ってしまった

勝敗の行方は、これにてほぼ決着を見たのである

平氏の軍勢を取り仕切っていた勇将知盛が再び
浮上せぬよう鎧を二重(ふたえ)に着込んで

見るべき物は、すべて見た

と言い残し海中に沈んでは、壇ノ浦の戦いも
終結を迎えたのであった

もう一つの戦いも、やがて終わろうとしていた

清盛の正室、二位ノ尼は自らの孫、安徳天皇を
胸に抱き、舟縁にと進んでいく

数え歳八歳の安徳天皇は、いぶかしげに
御尋ねになる

尼御前、私をどこに連れていくのか

二位ノ尼は答えて

御心配には及びませぬ、波の下にも
都はありましょうほどに

そう言い残すと、安徳天皇を抱いて身を投じ
海の藻屑と消えてしまう

これに続いて建礼門院、女官、女御達が次々に
海中に身を投じていった

海上はさながら阿鼻叫喚の様相を呈していた
浮き上がり泣き叫ぶ女御達、これを熊手にて
捕らえんとする源氏の郎党

建礼門院も、海上より引き上げられ奇跡的に
一命を取り止めたのであった

助け出された建礼門院は、その後髪を下ろし
大原の地に庵を結ぶと二十八年もの永きに
渡って我が子、安徳天皇と平家一門の霊を弔い
読経三昧の日々を送った

この壇ノ浦での勝利で義経の輝きは最高潮に達し
京に凱旋した天才武将を、都人は大いなる喝采を
持って迎えた

しかし、これを最後に運命が暗転していくのを
義経自身知る由もなかった

平氏の願い   砕けて散りぬ壇ノ浦
憐れ幼帝   波の下
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