Re: 日本最古の瓦屋根
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2011/09/30 20:24 投稿番号: [198956 / 230347]
>日本人は一万年前の縄文時代から台風にも、地震にも壊れない堅固な木造家屋をすでに作って住んでいたのですよ。その証拠になる遺蹟は日本各地のあちこちから出土しています。一方、その時期の朝鮮半島には朝鮮民族の祖先がまだ存在していない時代です。その時代から日本人は木造住宅に住んでいました。
と、思いたいだけね。
竪穴式住居では、地震にも壊れない堅固な木造家屋とはいえないな。(猛爆)
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日本の竪穴住居は、伏屋式と壁立式とがあり、後期旧石器時代から造られ始めたと考えられており、縄文時代には盛んに造られ、のちの弥生時代に伝わり、伏屋式が主流で、壁立式は拠点集落の大形住居に限られ、首長居館として権威を示す形式として弥生・古墳の両時代に築造されたと考えられている。そして、日本の農家や民家のもととなっていった。竪穴住居自体は平安時代ごろまで造られ、さらに時代が下がった例で東北地方では室町時代まで造られていた。特に近畿地方では平安時代にはほとんどが平地住居へ移行したとされる
で、当時の倭人というと、
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http://www1.kjclub.com/UploadFile/exc_board_61/2010/06/14/aylove0701200707081711240.jpg↑
復元図
http://selfpit.way-nifty.com/081029_4.jpg新唐書
日本伝
欽明之十一年、直梁承聖元年。次海達。次用明、亦曰目多利思比孤、直隋開皇末、始與中國通。
欽明の十一年は、梁の承聖元年(552年)に当たる。次は海達。次は用明、また目多利思比孤といい、隋の開皇末に、初めて中国と通じた。
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600
開皇20年(文帝)、倭王、姓は阿毎、字は多利思比孤、号は阿輩難彌が遣使
[隋書・倭国伝]
これは メッセージ 198949 (enkcea3157 さん)への返信です.
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