聖徳太子と渡来人
投稿者: elgfaret 投稿日時: 2011/08/17 13:18 投稿番号: [195909 / 230347]
http://www.maff.go.jp/kinki/seibi/midori/kanryou/yamato/trivia/history01.html
幼少のころは飛鳥、晩年は斑鳩(いかるが)と、一生を大和平野ですごした聖徳太子。世界遺産である法隆寺や、四天王寺などあわせて7つのお寺を建立し、また、政治の分野でも大活躍した人物としてあまりにも有名です。また、本文でも触れているように、聖徳太子の命令により、各所に多くのため池や水路が築造されています。
聖徳太子が活躍した時代、朝鮮半島より渡ってきたといわれる渡来人が、各地で活躍していました。中でも各所で様々な功績をのこした秦氏は、聖徳太子ととても深いつながりがあったようです。秦河勝(はたのかわかつ)は、603年、聖徳太子から仏像を授かり、山城国葛野に広隆寺を造立するほど、親密な関係にありました。
聖徳太子は、水不足からお米が作れず、田んぼに稗(ひえ)をつくり生活していた稗田町の農民を哀れみ、町から東に2.5kmほどのところに広大寺池を築造しています。この広大寺池と、稗田町までの水路を築いたのも秦河勝だといわれています。
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