第一大邦丸事件 その4
投稿者: korea_damedame 投稿日時: 2006/04/15 15:15 投稿番号: [19473 / 230347]
【天声人語
昭和38年9月28日】『李ライン』
李ライン海域で日本漁船がまた捕獲された。韓国警備隊の武装した隊員が乗り移り、三十四人の日本人船員を連行している。同じ二十七日の朝、別の漁船も追われ十人の船員は海に飛び込んで逃げ、船長は一時重体だったという。冷たい海中をいのちがけの避難だ。李ラインでの無法がまた 激しくなった。
この海域はいま、アジ、サバの盛漁期で、五、六百隻の日本漁船が出漁している。そこをねらって韓国警備隊は不意打ちをかける。ライトを消し、島影づたいに近寄り、銃声を浴びせたりする。
日本側も巡視船を増やし、厳戒警報を出しているが、捕獲は防ぎきれず、今年になってすでに一六隻。昨年一年中に捕獲された数よりも多い。
李ラインを越したという理由だけで、これまでに多数の船員が釜山の刑務所に入れられ、船はとりあげられている。優秀船だとそれが韓国警備艇に早変わりして、日本漁船を追ってくる。海の狼のような韓国警備艇の仕業だ。
そもそも李ラインというのは昭和二十七年一月に韓国大統領の李承晩氏が、国防上の要請によるとして、設定を宣言したものだが、それは公海上に一方的に設定したもので、国際法上不当なものだ。日本政府はこのラインを認めていないが、過去十年間に韓国は勝手に実力を行使して、約三百隻の日本漁船を抑留、数多くの乗組員や家族を泣かせている。9月にはいって、韓国側がさかんに捕獲を開始したのは、大統領選挙と関係があるらしい。韓国の漁業界、漁民の票を得るために、朴政権は海洋警備隊に日本漁船捕獲を命じたとも見られる。選挙の術策として隣国の漁船捕獲をはげしくするというやり方が、国際常識からも許されるかどうか。
韓国漁民の間に、日本漁船の技術に対する恐れと警戒の気持ちがあるのかもしれぬが、資源の保護や漁業協力について日韓交渉で、双方とも誠意をつくして話し合えばよい。漁民票をねらった強引な捕獲はこれまでの交渉での双方の努力を無にしはせぬか。
韓国は李ラインを“平和ライン”と呼ぶが、現状は不法ラインである。公海上で日本漁船員を捕まえるこの理不尽は黙って見過ごせるものではない。
【天声人語 昭和34年7月19日】『釜山抑留所』
豪雨の夜の釜山で、抑留中の日本人漁船員ら百二十三人が収容所を集団脱走してデモの手段に訴えたのは、よくよくのことである。まかり間違えば流血の惨事をも招きかねない冒険をあえてしたのは、よほど腹にすえかねるものがあったからだろう。目的が“脱走”ではなく、早期送還と待遇改善を要求する平静なデモだったので、銃撃などの暴力的制圧が加えられなかったのは幸いである。みんなおとなしく連れもどされたが、それで事が終ったのではない。すでに刑期を終った人たちなのだから、釈放帰国が当然で“脱走”というのも不当なくらいだ。
釜山収容所の待遇は全くひどいものらしい。韓国抑留船員協議会が作った「抑留生活実態報告書」は「少しの虚構も誇張もなく記述」したものと断っているが、涙なしには読まれない。人間扱いとも思われぬ虐遇である。食事も前よりいくらかよくなったが、米麦半々で一日五合、それもピンハネされて四合弱。副食はモヤシ、海草、汁、週に一度は魚、豚汁もあるが、肉とは名ばかりでほとんど入っておらず、魚もときおり腐っているという。長い間ランプ生活で、三十年暮れからようやく電灯がついた。入浴もそのころからやっとで月一回になった。暖房皆無の幾冬も過ごしてきた。李大統領や国際赤十字代表、外国通信記者が来た時だけは万事すばらしかったが、翌日からは理髪用の椅子も持ち去られ、医者も薬も消えてなくなった。
郷里からの小包は届かぬこともたびたびで、税関の封印は破られ中身が抜き取られているのが常だ。小包の品を売って栄養補給や医薬代にあてるのだが、大事な換金物品を盗まれることが多い。留守家族へ出す手紙の切手まではぎ取られ、その切手をまた買わされていたという。貪官汚吏にいじめぬかれているのだ。このような不当な待遇は人道上許さるべきではない。そもそも抑留そのものが不当である。百四十一人はすでに刑期満了して、故国に即時送還されるのが当然である。このような非人道が世界によく知られていない。
国際赤十字や国連がもっと親身になって真相をよく調べてもらいたいものである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あの朝日」が珍しくまともなこと言ってるが、当時の朝日は反韓・親北だったので、別に不思議でもなんでもない。
これに比べて今の媚韓媚中のヘイコラ姿勢は卑屈の一言だ。
李ライン海域で日本漁船がまた捕獲された。韓国警備隊の武装した隊員が乗り移り、三十四人の日本人船員を連行している。同じ二十七日の朝、別の漁船も追われ十人の船員は海に飛び込んで逃げ、船長は一時重体だったという。冷たい海中をいのちがけの避難だ。李ラインでの無法がまた 激しくなった。
この海域はいま、アジ、サバの盛漁期で、五、六百隻の日本漁船が出漁している。そこをねらって韓国警備隊は不意打ちをかける。ライトを消し、島影づたいに近寄り、銃声を浴びせたりする。
日本側も巡視船を増やし、厳戒警報を出しているが、捕獲は防ぎきれず、今年になってすでに一六隻。昨年一年中に捕獲された数よりも多い。
李ラインを越したという理由だけで、これまでに多数の船員が釜山の刑務所に入れられ、船はとりあげられている。優秀船だとそれが韓国警備艇に早変わりして、日本漁船を追ってくる。海の狼のような韓国警備艇の仕業だ。
そもそも李ラインというのは昭和二十七年一月に韓国大統領の李承晩氏が、国防上の要請によるとして、設定を宣言したものだが、それは公海上に一方的に設定したもので、国際法上不当なものだ。日本政府はこのラインを認めていないが、過去十年間に韓国は勝手に実力を行使して、約三百隻の日本漁船を抑留、数多くの乗組員や家族を泣かせている。9月にはいって、韓国側がさかんに捕獲を開始したのは、大統領選挙と関係があるらしい。韓国の漁業界、漁民の票を得るために、朴政権は海洋警備隊に日本漁船捕獲を命じたとも見られる。選挙の術策として隣国の漁船捕獲をはげしくするというやり方が、国際常識からも許されるかどうか。
韓国漁民の間に、日本漁船の技術に対する恐れと警戒の気持ちがあるのかもしれぬが、資源の保護や漁業協力について日韓交渉で、双方とも誠意をつくして話し合えばよい。漁民票をねらった強引な捕獲はこれまでの交渉での双方の努力を無にしはせぬか。
韓国は李ラインを“平和ライン”と呼ぶが、現状は不法ラインである。公海上で日本漁船員を捕まえるこの理不尽は黙って見過ごせるものではない。
【天声人語 昭和34年7月19日】『釜山抑留所』
豪雨の夜の釜山で、抑留中の日本人漁船員ら百二十三人が収容所を集団脱走してデモの手段に訴えたのは、よくよくのことである。まかり間違えば流血の惨事をも招きかねない冒険をあえてしたのは、よほど腹にすえかねるものがあったからだろう。目的が“脱走”ではなく、早期送還と待遇改善を要求する平静なデモだったので、銃撃などの暴力的制圧が加えられなかったのは幸いである。みんなおとなしく連れもどされたが、それで事が終ったのではない。すでに刑期を終った人たちなのだから、釈放帰国が当然で“脱走”というのも不当なくらいだ。
釜山収容所の待遇は全くひどいものらしい。韓国抑留船員協議会が作った「抑留生活実態報告書」は「少しの虚構も誇張もなく記述」したものと断っているが、涙なしには読まれない。人間扱いとも思われぬ虐遇である。食事も前よりいくらかよくなったが、米麦半々で一日五合、それもピンハネされて四合弱。副食はモヤシ、海草、汁、週に一度は魚、豚汁もあるが、肉とは名ばかりでほとんど入っておらず、魚もときおり腐っているという。長い間ランプ生活で、三十年暮れからようやく電灯がついた。入浴もそのころからやっとで月一回になった。暖房皆無の幾冬も過ごしてきた。李大統領や国際赤十字代表、外国通信記者が来た時だけは万事すばらしかったが、翌日からは理髪用の椅子も持ち去られ、医者も薬も消えてなくなった。
郷里からの小包は届かぬこともたびたびで、税関の封印は破られ中身が抜き取られているのが常だ。小包の品を売って栄養補給や医薬代にあてるのだが、大事な換金物品を盗まれることが多い。留守家族へ出す手紙の切手まではぎ取られ、その切手をまた買わされていたという。貪官汚吏にいじめぬかれているのだ。このような不当な待遇は人道上許さるべきではない。そもそも抑留そのものが不当である。百四十一人はすでに刑期満了して、故国に即時送還されるのが当然である。このような非人道が世界によく知られていない。
国際赤十字や国連がもっと親身になって真相をよく調べてもらいたいものである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あの朝日」が珍しくまともなこと言ってるが、当時の朝日は反韓・親北だったので、別に不思議でもなんでもない。
これに比べて今の媚韓媚中のヘイコラ姿勢は卑屈の一言だ。
これは メッセージ 19471 (korea_damedame さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/19473.html