Re: 日本も半裸「乳だし文化」だった
投稿者: run_run72 投稿日時: 2011/06/25 20:38 投稿番号: [192554 / 230347]
>まあ、西欧人の幕末の日本への目
>これだね
>みだらな半裸文化の島国
つまり、エルグは、自分の考えを西欧人の目を通してしか
箔付けできないわけだ(笑)
それも一方的で、視野の狭いエスノセントリズムに取り付かれた視点(笑)
西欧コンプレックスに取り付かれたエルグは経歴詐称、
一方、ノルウェーのサウナで混浴はフツーという情報は無視し去るww。
エルグが引いてきた一節は西欧的価値観に基づくもので、
裸体をなんら恥じることのなかった人々を
全く別の文化の基準に基づいて非難していることに対し、
なんで、我々が恐れ入らなきゃいけないのかね?
あーそうだったの。
それで終り。
それも庶民の話であり、
裸に近い恰好をしていた人もいる、というだけのことだろうね。
西欧人の中には、
何もそれは恥ずべきことではなく、
むしろ、それを恥ずべきこととする外国人こそ恥ずべきだ・・と言う見方も
あったようだね。
下にでてくる、ハインリッヒ・シュリーマンは、
トロイアの発掘で有名な人。
http://janjan.voicejapan.org/culture/0903/0903229958/1.php
>また1865年に来日したハインリッヒ・シュリーマンは『シュリーマン旅行記清国・日本』の中で、「夜明けから日暮れまで、禁断の林檎を齧る前のわれわれの先祖と同じ姿になった老若男女が、いっしょに湯をつかっている。彼らはそれぞれの手桶で湯を汲み、ていねいに体を洗い、また着物を身に着けて出て行く。『なんと清らかな素朴さだろう!』初めて公衆浴場の前を通り三、四十人の全裸の男女を目にした時、私はこう叫んだものである。自国の習慣に従って生きているかぎり、間違った行為をしていると感じないものだからだ。そこでは淫らな意識が生まれようがない。父母、夫婦、兄妹、すべてのものが男女混浴を容認しており、幼いころからこうした浴場に通うことが習慣になっている人々にとって、男女混浴は恥ずかしいことでも、いけないことでもないのである。」と述べた。
>また福井藩校や東京の大学南校に勤めたアメリカ人ウィリアム・グリフィスは「男たちは誰一人として女の裸をじろじろ見たりはせず、何の興味も示さなかった。それが普通で、女性の顔か手を見るぐらいの気持ちしか起こらぬものらしい」と述べるとともに、「裸を恥ずかしがらぬ日本人に対してより、それを見ようとしげしげと銭湯の前に通い、好色な視線で眺めては『淫らだ!』と恥知らずに非難している外国人を非難すべきだ」と主張した。同時に「日本で女性を買う上得意は、キリスト教国から来た人たちだ」とも指摘している。
>(6)カナダのトップフリー運動
1991年7月19日、オンタリオ州ゲルフのダウンタウンを若い女性が上半身裸で歩いていた。逮捕された女性はゲルフ大学の女学生グエン・ジェイコブさん(当時19歳)で、調べに対し「暑かったのでシャツを脱いだ。女性も男性同様トップレスで街を歩く憲法上の権利がある」と供述した。この事件は、その後世界を揺り動かすことになるトップフリー運動の歴史的第一歩となった。
いろんな考え方があるんだよね。
>これだね
>みだらな半裸文化の島国
つまり、エルグは、自分の考えを西欧人の目を通してしか
箔付けできないわけだ(笑)
それも一方的で、視野の狭いエスノセントリズムに取り付かれた視点(笑)
西欧コンプレックスに取り付かれたエルグは経歴詐称、
一方、ノルウェーのサウナで混浴はフツーという情報は無視し去るww。
エルグが引いてきた一節は西欧的価値観に基づくもので、
裸体をなんら恥じることのなかった人々を
全く別の文化の基準に基づいて非難していることに対し、
なんで、我々が恐れ入らなきゃいけないのかね?
あーそうだったの。
それで終り。
それも庶民の話であり、
裸に近い恰好をしていた人もいる、というだけのことだろうね。
西欧人の中には、
何もそれは恥ずべきことではなく、
むしろ、それを恥ずべきこととする外国人こそ恥ずべきだ・・と言う見方も
あったようだね。
下にでてくる、ハインリッヒ・シュリーマンは、
トロイアの発掘で有名な人。
http://janjan.voicejapan.org/culture/0903/0903229958/1.php
>また1865年に来日したハインリッヒ・シュリーマンは『シュリーマン旅行記清国・日本』の中で、「夜明けから日暮れまで、禁断の林檎を齧る前のわれわれの先祖と同じ姿になった老若男女が、いっしょに湯をつかっている。彼らはそれぞれの手桶で湯を汲み、ていねいに体を洗い、また着物を身に着けて出て行く。『なんと清らかな素朴さだろう!』初めて公衆浴場の前を通り三、四十人の全裸の男女を目にした時、私はこう叫んだものである。自国の習慣に従って生きているかぎり、間違った行為をしていると感じないものだからだ。そこでは淫らな意識が生まれようがない。父母、夫婦、兄妹、すべてのものが男女混浴を容認しており、幼いころからこうした浴場に通うことが習慣になっている人々にとって、男女混浴は恥ずかしいことでも、いけないことでもないのである。」と述べた。
>また福井藩校や東京の大学南校に勤めたアメリカ人ウィリアム・グリフィスは「男たちは誰一人として女の裸をじろじろ見たりはせず、何の興味も示さなかった。それが普通で、女性の顔か手を見るぐらいの気持ちしか起こらぬものらしい」と述べるとともに、「裸を恥ずかしがらぬ日本人に対してより、それを見ようとしげしげと銭湯の前に通い、好色な視線で眺めては『淫らだ!』と恥知らずに非難している外国人を非難すべきだ」と主張した。同時に「日本で女性を買う上得意は、キリスト教国から来た人たちだ」とも指摘している。
>(6)カナダのトップフリー運動
1991年7月19日、オンタリオ州ゲルフのダウンタウンを若い女性が上半身裸で歩いていた。逮捕された女性はゲルフ大学の女学生グエン・ジェイコブさん(当時19歳)で、調べに対し「暑かったのでシャツを脱いだ。女性も男性同様トップレスで街を歩く憲法上の権利がある」と供述した。この事件は、その後世界を揺り動かすことになるトップフリー運動の歴史的第一歩となった。
いろんな考え方があるんだよね。
これは メッセージ 192549 (elgfaret さん)への返信です.
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