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洪思翊将軍

投稿者: mimim232002 投稿日時: 2006/03/27 19:04 投稿番号: [18798 / 230347]
帝国陸軍の中将にまで昇進した朝鮮人の軍人。
朝鮮貴族の係累などではなく、軍人としての能力で出世し、終戦時には南方軍総司令部の兵站総監の職にあった。

彼は、創氏改名をせず、朝鮮名で通した人でもある。

日本人の悪餓鬼からご子息が「朝鮮人!」と罵られ、泣いて帰ってくると、彼は英国統治下でも誇りを失わぬアイルランド人の例を引いて、こう言って子息を諭したという。

「どんなときも必ず『私は朝鮮人の洪国善です』とはっきり言いなさい。決して『朝鮮人の』を略してはいけない」

戦後、捕虜虐待の罪で逮捕され、マニラで刑死。無論この裁判も、裁判とは名ばかりの、連合軍人たちが復讐心を満足するためのショウだったことは言うまでもない。

処刑の日、彼は日本人の教戒師に「聖書を読んでほしい」と依頼した。
絞首台の前で彼は教戒師に言った。

「元気で帰るんだよ。君にも神様が何か使命を与えている。その使命のために生きるんだよ」と肩を叩き、階段を登りしな、振り向いてこう言った。

「神の国で待っているよ」

その経歴ゆえに、彼は戦後、親日派の巨魁、売国奴と罵倒され、ご子息は李大統領の圧力により朝鮮銀行行員の地位を追われた。

洪将軍は、日本人の部隊の指揮官として着任するたび、こう訓示することを常としていた。

「本職は、朝鮮人の洪思翊である。唯今より天皇陛下の御命令により、貴官らの指揮をとる。異議ある者は申し出よ」

大日本帝国の枠の中であっても、日本人としてではなく、あくまで朝鮮人として、日本人と共に生きることを選択した彼を、売国奴などと罵る資格が韓国人にあるのか。

洪思秣中将の墓は大韓民国安城市の街外れにあるそうだ。
反日の嵐の中でも健在だろうか。
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