Re: 聞こうか。
投稿者: qapla_jup 投稿日時: 2011/01/25 21:15 投稿番号: [183032 / 230347]
あ、カルメンさん、お久しぶりです。
なんか亢弊惨から、朝鮮の「朝」について絡まれていた様ですが、遅レスながら
御返事代わりに私も混ぜて下さい。
朝鮮の「朝」は朝貢の「朝」、というのは、嫌韓業界では常識となっていますが、
そもそも「朝(廷)」という漢字には、臣下が君主と向き合う、という意があり、
「朝」単独でもその意があるそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E5%BB%B7
つまり東アジア史的には、「朝」とは君主の支配及び政務を意味するのであり、
したがって「王朝」や、日本の姓(かばね)のひとつが変化して、天皇の臣下を
指す様になった「朝臣」等の歴史用語は、「上位者の存在が前提となる」訳です。
たとえ現代では死語になっていても、歴史的経緯は無視すべきではありません。
そして「朝鮮」という字面が、元々は中国(何なら「中原の支配者」)側文献内に
おける当て字であって、語源的には「古朝鮮」による自称のニュアンスはまったく
含まれていないという事実も、きちんと考え合わせるべきでしょう。現韓国側に
当時リアルタイムで書かれたと認められる史料が皆無という時点で、もうお話に
なりません。
もっとも私は、衛満朝鮮以前は実在を信じていないのですが、自らを「チョソン」
またはそれに近い語感で呼ぶ部族があった事は認めます。しかし、元々の意味が
固有の言語で何という意味だったのか、今となっては誰にも分からない。実は
現朝鮮民族が、古朝鮮族の末裔であるという証拠も、どこにもない。ただなんと
なくそういうだろうと意識があるだけ。それとて御指摘の通り、単に李成桂が
明に選んで貰った国号による先入観があるだけ。三国時代や高麗に、「朝鮮」の
自覚があったでしょうか?高麗成立前の後三国時代に「後朝鮮」と名乗る国が
現れたでしょうか?
我々日本人はおとなりを客観視出来ますから、美化する事もなく、願望から伝説を
古代史に紛れ込ませるでもなく、話半分に聞いているだけですよね?
個人的には華夷秩序における「東方の蛮族」の意だと解します。「鮮卑」と呼ばれた
民族もあった事ですし。手前味噌ですが、多分両方のニュアンスが含まれると見る
のが正解ではないでしょうか?当時自らを世界の中心、周囲は皆禽獣と豪語して
いた中華様から見て、「東夷」ですから。「東」を意味する冠が付いていたって
何の不思議もない反面、彼等に同等と見做されていた証拠など、どこにもない。
以前ネタにしたのですが、『韓』も結局は、「秦の始皇帝の中原統一時に、最初に
滅ぼされた国の住人が流れ着いたという伝説のある地」と、古代中国の文献に
紹介されている事が語源でしょう。本来朝鮮半島の現住民は、自らの呼称を
選び直して、中国の強い影響下にあった歴史的事実から決別すべきなのですが…
イタさに気づいてませんね(笑)
しかしながら、かつての中国視点からの蔑称がどうあれ、実像や、今もなお
その通りかというのは別問題。由来は由来として、ヘンに捏造するから、より
もっともらしい説を返され、返答に窮する事になるんですよね?
なんか亢弊惨から、朝鮮の「朝」について絡まれていた様ですが、遅レスながら
御返事代わりに私も混ぜて下さい。
朝鮮の「朝」は朝貢の「朝」、というのは、嫌韓業界では常識となっていますが、
そもそも「朝(廷)」という漢字には、臣下が君主と向き合う、という意があり、
「朝」単独でもその意があるそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E5%BB%B7
つまり東アジア史的には、「朝」とは君主の支配及び政務を意味するのであり、
したがって「王朝」や、日本の姓(かばね)のひとつが変化して、天皇の臣下を
指す様になった「朝臣」等の歴史用語は、「上位者の存在が前提となる」訳です。
たとえ現代では死語になっていても、歴史的経緯は無視すべきではありません。
そして「朝鮮」という字面が、元々は中国(何なら「中原の支配者」)側文献内に
おける当て字であって、語源的には「古朝鮮」による自称のニュアンスはまったく
含まれていないという事実も、きちんと考え合わせるべきでしょう。現韓国側に
当時リアルタイムで書かれたと認められる史料が皆無という時点で、もうお話に
なりません。
もっとも私は、衛満朝鮮以前は実在を信じていないのですが、自らを「チョソン」
またはそれに近い語感で呼ぶ部族があった事は認めます。しかし、元々の意味が
固有の言語で何という意味だったのか、今となっては誰にも分からない。実は
現朝鮮民族が、古朝鮮族の末裔であるという証拠も、どこにもない。ただなんと
なくそういうだろうと意識があるだけ。それとて御指摘の通り、単に李成桂が
明に選んで貰った国号による先入観があるだけ。三国時代や高麗に、「朝鮮」の
自覚があったでしょうか?高麗成立前の後三国時代に「後朝鮮」と名乗る国が
現れたでしょうか?
我々日本人はおとなりを客観視出来ますから、美化する事もなく、願望から伝説を
古代史に紛れ込ませるでもなく、話半分に聞いているだけですよね?
個人的には華夷秩序における「東方の蛮族」の意だと解します。「鮮卑」と呼ばれた
民族もあった事ですし。手前味噌ですが、多分両方のニュアンスが含まれると見る
のが正解ではないでしょうか?当時自らを世界の中心、周囲は皆禽獣と豪語して
いた中華様から見て、「東夷」ですから。「東」を意味する冠が付いていたって
何の不思議もない反面、彼等に同等と見做されていた証拠など、どこにもない。
以前ネタにしたのですが、『韓』も結局は、「秦の始皇帝の中原統一時に、最初に
滅ぼされた国の住人が流れ着いたという伝説のある地」と、古代中国の文献に
紹介されている事が語源でしょう。本来朝鮮半島の現住民は、自らの呼称を
選び直して、中国の強い影響下にあった歴史的事実から決別すべきなのですが…
イタさに気づいてませんね(笑)
しかしながら、かつての中国視点からの蔑称がどうあれ、実像や、今もなお
その通りかというのは別問題。由来は由来として、ヘンに捏造するから、より
もっともらしい説を返され、返答に窮する事になるんですよね?
これは メッセージ 182980 (carmen9rose さん)への返信です.
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