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Re: かえってきたらレスしてあげるよww

投稿者: topics_jk 投稿日時: 2010/11/07 10:20 投稿番号: [179317 / 230347]
>著者は「壺中隠者」こと医師千葉桃三とのことだね。医師は庶民だと思うよ。知識層ではあるかもしれんがね。

医者は「名字帯刀」で武士身分。(猛爆)
暴れん坊将軍に出てくる竹脇無我ふんする、小石川養生所医師榊原伊織は、モデルが「小川笙船」という町医師だが、小石川養生所設立に深く関与しているし、養生所「肝煎職」に就いている。

>そして、数々出版された和算書と、それを享受した一般大衆がいたというわけさ。名もなき人々ってことね。

何回も言うが、一般大衆は『そろばんの九九』の部分までで、文字が読めないから丸暗記するのさ。(猛爆)
http://shuzan-gakko.com/rekishi/7niichi.html

>いくらキミが四の五の言っても、文化を享受する層の分厚さと蓄積が違うことを否定することはできんだろう。李氏朝鮮時代にこうした層に相当するものはあったの?
ないでしょ。

http://www.osaka-kyoiku.ac.jp/~jochi/j10.htm

日本への伝来
日本へ中国算学が伝えられたのは、2回である。第1回目は唐の律令制度を学ぶために唐使が派遣された奈良時代、または少し前である。その時に、律令制度に組み込まれた算学が伝えられた。土地を区分したり、徴税したりといった行政に必要な算学、それに暦を作成するときに、太陽や月、惑星の軌道を計算するための算学である。
これは「律令期」とでも呼ぶべきだろうか。体制に組み込まれた算学なので、比較的洗練されたものが伝えられたようである。
先に紹介した『孫子算経』もこの時、伝えられている。しかも『孫子算経』は、算木のための教科書として、『学令』の筆頭に挙げられ、当然、最も広く学習されたはずである。『孫子算経』の問題、例えば、「鶴亀算」に類する問題など僅かに後世に伝えられている。しかし、平安時代までには、これらの伝統は滅んでしまったようである。律令制度そのものと同じように、全くの模倣であり、日本の風土に根づくことは無かったのである。
2回目は、豊臣秀吉の朝鮮出兵のおりである。朝鮮では、宋、元時代の算学書、『楊輝算法』(楊輝、1275年)、『算学啓蒙』(朱世傑、1299年)を教科書として使っていたので、戦利品としてこれらの書籍が伝えられた。また、中国との貿易を通して、『算法統宗』(程大位、1592年)がもたらされた。

知識を教えてくれた大陸に感謝しないとな。(猛爆)
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