どうしても、被害甚大を演出したい糞ども。
投稿者: i_am_not_ill 投稿日時: 2010/10/16 13:16 投稿番号: [178059 / 230347]
たった2ヶ月間の戦いであった、丙子胡乱についての日本語のWikipediaにおける記述。
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清軍は50万の朝鮮人を捕虜として強制連行し、当時の盛京(藩陽)の奴隷市場で売買した。朝鮮人奴隷は清が他国とした戦争に兵隊として動員され、農業と工事に不足した労動力を補充した。暴行されることは常で、婦女子たちは随時にレイプされた。この戦争によって朝鮮が受けた損害は計り知れない。
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たった2ヶ月の戦争で、清の軍隊約10万。
・どうして、50万もの捕虜を連れて行けたの?
・朝鮮側は早々と和睦に応じ、「兄弟の契り」を結ぶに至った。清側も石碑(大清皇帝功徳碑)において、寛大な措置を朝鮮側にとったことを自慢しているが、上の記述は矛盾しているようだな。
倭猿の糞ども。
世界一の犯罪民族、虐殺民族、捏造民族の別称にかけては、他の追随を許さない。Wikipediaでこのように記述した理由?おそらく、
①朝鮮は歴史的に、他民族の侵略を受けてきた弱小民族であることを印象付けるため。高句麗における隋との戦争(勝利したが)、唐の百済・高句麗との戦争(同盟国、新羅)、蒙古との戦争、倭奴との戦争(壬辰倭乱)ぐらいしかないがな。それに比べ、大名乱立割拠の倭島。倭猿同士の戦争による被害は、それこそ”計り知れない”。関が原の戦いだけでも、東軍91,500人、西軍83,460人同士の殺し合い。朝鮮半島では、未だかってこれほどの内乱はなかったのではないか。それ以外のいわゆる「戦(いくさ)」の例は枚挙に暇がないだろう。桶狭間の戦いとか。
②丙子胡乱と比較すれば、倭奴による7年間におよぶ壬辰倭乱こそ、まさに韓民族に対する侵略行為の最たるものであったが、倭奴による残虐行為の数々を、「丙子胡乱でも清軍による野蛮行為」をデッチあげることで、水で薄める効果を狙ったもの。
③未だに流布する、「侵略を受け続けた国」のイメージを植えつける。朝鮮王朝は、北方の女真族に対する防御、倭寇に対する退治、などのほかは「大きな軍隊」は必要ではなかった。それは内向き的には、王朝を転覆させる勢力を恐れていたためであるが、最小限の負担を民に課していた王朝にとって、財政負担になるからであった。また、「大きな軍隊」を持たないことが、儒教による「文人による統治」を理想とするシステムでは、より好ましいものであった。
④柳宗悦などによる韓民族に対して「悲哀」を強調した記述の数々。それらは「助けられるべき民族」を強調することによって、間接的に日本による植民地化を正当化するために利用された。
いつまで、捏造を繰り返すのか、ウェノム、チョッパリどもよ。中国民族や韓民族は、近代百年少々における「日本の優越」を認めるが、それ以外の歴史の大部分においては、「日本は野蛮国であり、決して文化圏に属することはなかったし、そもそも日本の優越という概念自体が存在しなかった」のである。韓国ドラマの時代劇をみたらわかるだろうが、韓民族は決して「日本国」や「日本人」という用語を使わない。チビを意味する「倭」を使った「倭国」や「倭奴(ウェノム」を使用する。どこまでも、国扱い、人間扱いしない蔑称である。
これが真実。
(大笑)
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清軍は50万の朝鮮人を捕虜として強制連行し、当時の盛京(藩陽)の奴隷市場で売買した。朝鮮人奴隷は清が他国とした戦争に兵隊として動員され、農業と工事に不足した労動力を補充した。暴行されることは常で、婦女子たちは随時にレイプされた。この戦争によって朝鮮が受けた損害は計り知れない。
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たった2ヶ月の戦争で、清の軍隊約10万。
・どうして、50万もの捕虜を連れて行けたの?
・朝鮮側は早々と和睦に応じ、「兄弟の契り」を結ぶに至った。清側も石碑(大清皇帝功徳碑)において、寛大な措置を朝鮮側にとったことを自慢しているが、上の記述は矛盾しているようだな。
倭猿の糞ども。
世界一の犯罪民族、虐殺民族、捏造民族の別称にかけては、他の追随を許さない。Wikipediaでこのように記述した理由?おそらく、
①朝鮮は歴史的に、他民族の侵略を受けてきた弱小民族であることを印象付けるため。高句麗における隋との戦争(勝利したが)、唐の百済・高句麗との戦争(同盟国、新羅)、蒙古との戦争、倭奴との戦争(壬辰倭乱)ぐらいしかないがな。それに比べ、大名乱立割拠の倭島。倭猿同士の戦争による被害は、それこそ”計り知れない”。関が原の戦いだけでも、東軍91,500人、西軍83,460人同士の殺し合い。朝鮮半島では、未だかってこれほどの内乱はなかったのではないか。それ以外のいわゆる「戦(いくさ)」の例は枚挙に暇がないだろう。桶狭間の戦いとか。
②丙子胡乱と比較すれば、倭奴による7年間におよぶ壬辰倭乱こそ、まさに韓民族に対する侵略行為の最たるものであったが、倭奴による残虐行為の数々を、「丙子胡乱でも清軍による野蛮行為」をデッチあげることで、水で薄める効果を狙ったもの。
③未だに流布する、「侵略を受け続けた国」のイメージを植えつける。朝鮮王朝は、北方の女真族に対する防御、倭寇に対する退治、などのほかは「大きな軍隊」は必要ではなかった。それは内向き的には、王朝を転覆させる勢力を恐れていたためであるが、最小限の負担を民に課していた王朝にとって、財政負担になるからであった。また、「大きな軍隊」を持たないことが、儒教による「文人による統治」を理想とするシステムでは、より好ましいものであった。
④柳宗悦などによる韓民族に対して「悲哀」を強調した記述の数々。それらは「助けられるべき民族」を強調することによって、間接的に日本による植民地化を正当化するために利用された。
いつまで、捏造を繰り返すのか、ウェノム、チョッパリどもよ。中国民族や韓民族は、近代百年少々における「日本の優越」を認めるが、それ以外の歴史の大部分においては、「日本は野蛮国であり、決して文化圏に属することはなかったし、そもそも日本の優越という概念自体が存在しなかった」のである。韓国ドラマの時代劇をみたらわかるだろうが、韓民族は決して「日本国」や「日本人」という用語を使わない。チビを意味する「倭」を使った「倭国」や「倭奴(ウェノム」を使用する。どこまでも、国扱い、人間扱いしない蔑称である。
これが真実。
(大笑)
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