Re: ひたすら粘る声闘屍トピ屑
投稿者: run_run72 投稿日時: 2010/10/06 23:49 投稿番号: [177231 / 230347]
>いつの話をしてるんだ?(猛爆)
↓
>朝鮮軍人は、朝鮮人たる陸軍軍人とは異なり、旧大韓帝国陸軍時代の階級>を保有し、異なった取り扱いを受ける特別な軍人である。主に、王公族附>武官・朝鮮歩兵隊・朝鮮騎兵隊などに充てられた。
↑
>帝国陸海軍とは、関係ないのよ。(猛爆)
ああ、また、墓穴を掘った。
主題は、併合時代が、日本による過酷な植民地支配だったかどうか、だろう?
そして、
>洪思翊以外に、日本人を指揮できる将軍がいたのか?(猛爆)
とキミが問うたんだが?
洪思翊は朝鮮軍人じゃない。
ソースは隠しているが、
キミが引いた↑の記事は、ウィキペディアの朝鮮軍人の記述だね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E8%BB%8D%E4%BA%BA
>朝鮮人たる陸軍軍人として有名な李王垠中将や洪思翊中将などは朝鮮軍人ではなかった。
とあるが?
軍人や裁判官や検事まで相当数いた・・というのは先に述べたとおり。
「親日人物名簿」3090人を発表(中央日報)
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=67117&servcode=200&code=200)
によれば、「日本帝国議会」の議員(11人)、高等文官以上の官僚(1166人)、警察(521人)、尉官以上の将校(216人)、判事・検事(201人)、・・・
王族も温存、王族として遇され、
日本の宮家から王世子妃がきている。
それだけでも、過酷な植民地支配とはいえまい。
さて、ウィキぺディアの朝鮮軍人に関する記載
<
1907年(明治40年)に日本と韓国との間で締結された第三次日韓協約により、大部分が解散していた大韓帝国軍であったが、1910年(明治43年)の日韓併合時にも、なお相当数の在職中の韓国軍人が存在していた。これらの朝鮮総督府設置の際に身分を有していた旧韓国軍人は日本の一般の陸軍軍人に準じた扱いがされ、在職中の者は駐箚軍司令部附又は駐箚憲兵司令部附とされた(「旧韓国軍人ニ関スル件」(明治43年勅令第323号))。もっとも、「旧韓国軍人ニ関スル件」は暫定的な扱いを定めていたに過ぎなかったことから、翌年に「朝鮮軍人ニ関スル件」が制定され、1946年(昭和21年)の復員庁令第3号により同令が廃止されるまで、同令に基づき「朝鮮軍人」の身分が存在した。
1920年(大正9年)「朝鮮軍人ヲ陸軍将校同相当官ニ任用等ニ関スル件」(大正9年勅令第118号)の制定で、朝鮮軍人のうち将校・同相当官が一般の陸軍将校・同相当官に自動的に任ぜられることとなり[1]、下士卒のみが朝鮮軍人ということになった。
朝鮮軍人は、朝鮮人たる陸軍軍人とは異なり、旧大韓帝国陸軍時代の階級を保有し、異なった取り扱いを受ける特別な軍人である。主に、王公族附武官・朝鮮歩兵隊・朝鮮騎兵隊などに充てられた。朝鮮人たる陸軍軍人として有名な李王垠中将や洪思翊中将などは朝鮮軍人ではなかった。
>
日韓併合時の大韓帝国軍人が、解雇もされず、
武装解除もされず、適当な処遇が与えられ、
しかも、1920年には、下士卒以外の朝鮮軍人は、
自動的に帝国陸軍の将校・同相当官に任ぜられた、
つまり、帝国陸軍の軍人に自動的になったわけであり
下士卒は、引き続き適切な処遇が与えられていたわけだよな。
この処遇を見ても、
日韓併合時代、日本の治世は、朝鮮人に対し、
こちらの想像をはるかに超えて温情的で、かつ重んじているじゃないか。
どこが過酷なんだ、
エエ加減にせいよ、このドウソツキ。
↓
>朝鮮軍人は、朝鮮人たる陸軍軍人とは異なり、旧大韓帝国陸軍時代の階級>を保有し、異なった取り扱いを受ける特別な軍人である。主に、王公族附>武官・朝鮮歩兵隊・朝鮮騎兵隊などに充てられた。
↑
>帝国陸海軍とは、関係ないのよ。(猛爆)
ああ、また、墓穴を掘った。
主題は、併合時代が、日本による過酷な植民地支配だったかどうか、だろう?
そして、
>洪思翊以外に、日本人を指揮できる将軍がいたのか?(猛爆)
とキミが問うたんだが?
洪思翊は朝鮮軍人じゃない。
ソースは隠しているが、
キミが引いた↑の記事は、ウィキペディアの朝鮮軍人の記述だね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E8%BB%8D%E4%BA%BA
>朝鮮人たる陸軍軍人として有名な李王垠中将や洪思翊中将などは朝鮮軍人ではなかった。
とあるが?
軍人や裁判官や検事まで相当数いた・・というのは先に述べたとおり。
「親日人物名簿」3090人を発表(中央日報)
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=67117&servcode=200&code=200)
によれば、「日本帝国議会」の議員(11人)、高等文官以上の官僚(1166人)、警察(521人)、尉官以上の将校(216人)、判事・検事(201人)、・・・
王族も温存、王族として遇され、
日本の宮家から王世子妃がきている。
それだけでも、過酷な植民地支配とはいえまい。
さて、ウィキぺディアの朝鮮軍人に関する記載
<
1907年(明治40年)に日本と韓国との間で締結された第三次日韓協約により、大部分が解散していた大韓帝国軍であったが、1910年(明治43年)の日韓併合時にも、なお相当数の在職中の韓国軍人が存在していた。これらの朝鮮総督府設置の際に身分を有していた旧韓国軍人は日本の一般の陸軍軍人に準じた扱いがされ、在職中の者は駐箚軍司令部附又は駐箚憲兵司令部附とされた(「旧韓国軍人ニ関スル件」(明治43年勅令第323号))。もっとも、「旧韓国軍人ニ関スル件」は暫定的な扱いを定めていたに過ぎなかったことから、翌年に「朝鮮軍人ニ関スル件」が制定され、1946年(昭和21年)の復員庁令第3号により同令が廃止されるまで、同令に基づき「朝鮮軍人」の身分が存在した。
1920年(大正9年)「朝鮮軍人ヲ陸軍将校同相当官ニ任用等ニ関スル件」(大正9年勅令第118号)の制定で、朝鮮軍人のうち将校・同相当官が一般の陸軍将校・同相当官に自動的に任ぜられることとなり[1]、下士卒のみが朝鮮軍人ということになった。
朝鮮軍人は、朝鮮人たる陸軍軍人とは異なり、旧大韓帝国陸軍時代の階級を保有し、異なった取り扱いを受ける特別な軍人である。主に、王公族附武官・朝鮮歩兵隊・朝鮮騎兵隊などに充てられた。朝鮮人たる陸軍軍人として有名な李王垠中将や洪思翊中将などは朝鮮軍人ではなかった。
>
日韓併合時の大韓帝国軍人が、解雇もされず、
武装解除もされず、適当な処遇が与えられ、
しかも、1920年には、下士卒以外の朝鮮軍人は、
自動的に帝国陸軍の将校・同相当官に任ぜられた、
つまり、帝国陸軍の軍人に自動的になったわけであり
下士卒は、引き続き適切な処遇が与えられていたわけだよな。
この処遇を見ても、
日韓併合時代、日本の治世は、朝鮮人に対し、
こちらの想像をはるかに超えて温情的で、かつ重んじているじゃないか。
どこが過酷なんだ、
エエ加減にせいよ、このドウソツキ。
これは メッセージ 177230 (run_run72 さん)への返信です.
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