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遊び疲れなんで簡単に

投稿者: hitonare 投稿日時: 2010/09/25 19:08 投稿番号: [176538 / 230347]
●江戸幕府が奨励したトイレづくり
  鎌倉時代より、肥料として注目されるようになった下肥(しもごえ)ですが、江戸時代に入ると、幕府レベルで“肥料確保のためのトイレ設置奨励”が行われたのです。慶安2年(1694年)に幕府が全国に発行した「慶安御触書(けいあんおふれがき)」にこんな文面があります。
  「百姓は、肥、灰調べ置き候義、専一に候間、雪隠を広く作り、雨降り時分、水入らざるように仕るべし」
  農家は下肥を無駄にしないために便所を母屋近くや家の隅々につくり、雨に濡れて薄まらないよう屋根などもつくれ、すなわち屋根付きトイレをつくれと幕府が指示しているのです。

●美しい街づくりに貢献した路傍便所の普及
  一方、大都市では路傍便所(共同公衆便所)が登場し、これを設置した者が農家に売り、その代金を収入として得ることが出来ました。つまりトイレを作って往来を通る人のを集めればカネになるということです。京都のある人物などは、村の数カ所に公衆便所をつくりたいという「雪隠設置願い」を幕府に提出し、これによる収入で住まいの修繕費を賄ったという記録もあります。
  また、当時日本にやってきたある南蛮人の記録には、路傍の公衆便所に感嘆した、とあります。実はヨーロッパの都市では、江戸時代中期にあたる18世紀になっても、“おまる”にしたソレを、家の窓から裏通りに投げ捨てる人が多く、いつも異臭が漂っていたのです。これに対し公衆便所が発達し、リサイクルされる日本の都市は、世界的にも最も清潔な街だったのです。
  こうして、公衆便所や長屋の共同便所、農家の外便所、武家屋敷や商家の便所というふうに、便所の設置は全国各地に広がり、その装飾も工夫するようになっていきます。

●モースが絶賛した日本のトイレ建築
  トイレビジネスが発達した江戸から、ついに明治時代へ。この時日本にやってきた学者E・モースは、当時の日本の住まいについてたくさんの記録を残しています。その中に「便所といえど日本家屋では芸術的感性ある職人がこれに注意を払っている」というトイレに関する記載もあり、町中と田舎の便所の例をあげています。
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