大泣きルンルン涙の弁明
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2010/09/23 18:58 投稿番号: [176380 / 230347]
>>No.175614
投稿者
run_run72
明治9年(1876)6月、宮本小一外務大丞
途中の宿には敷地の一隅に便所が設けられていたが、頗る不潔で堪え難かった。また、部屋に銅製の蓋付きの缶があり、通常はこれで用足しをするという。<
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>>既に自爆してるんだから、言い訳にもならんな。(猛爆)
>もう、トリミングでしか対処できないんですね。
これ、もともと、monjujzさんがNo.175604でリンク
貼ってくださったサイトからの引用
<風呂場と便所
途中の各官庁には風呂というものが無かったが、ここ清水館では日本人のために風呂場が新たに作ってあった。その広さ10坪ほど。湯を汲み入れて使うが、頗る爽快であった。 また、便所も数箇所仮設してあった。これも日本人のために作ったと言う。しかし粗末な藁葺きで不潔であった。
途中の各官庁には風呂は無かったが、便所が無かったとは書かれていないな。(猛爆)
で、官庁は寝泊りするところではないからな。清水館では日本人用に風呂と便所を数箇所造ってくれたというだけの話。
読解力がまるで無いな。(猛爆)
これは メッセージ 176378 (run_run72 さん)への返信です.
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