チック症の慎太郎、感動するのは勝手だが。
投稿者: i_am_not_ill 投稿日時: 2010/08/24 20:22 投稿番号: [174272 / 230347]
ある石原慎太郎批判サイトからの引用。
まるで白痴やね。
この馬鹿、靖国神社で祭られている「英霊」とか、万歳突撃で無駄死にした兵士、原爆で命を落とした16万人の市民とかのことはどう思っているんだろう。
(嘲笑)
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◆あの戦争は、やっぱり感動的だった
【小林よしのりとの対談】
石原
ぼくなんか海兵の予備校のようなものだった湘南中学にいたから、もう2年早かったら実際に海軍士官として戦っていたからね。で、最後の夏(1945年)に厚木の飛行場に学徒動員でかり出されたときのこと。1週間もすると兵隊とも仲良くなる。そしてある日、「今日、大空中戦がある」っていう密かな噂がたって、27〜28機いた飛行機が南のほうへ発進していった。でも、なかなか飛行機が帰ってこないわけだ。それで整備兵が「何時までに帰ってこなかったらもうダメだ」なんて言う。なかには木更津に降りたりとか、あちこちでダイブ・アウトした飛行機もあったらしいけれど、電話が不便なところにあったんでそれもよくわからない。/気を揉みながら数人の予備兵が夕焼けのなか、滑走路の端でずーっと座っているわけ。それでも1機は帰ってきたんだ。それが不時着して、みんなで走り寄ってその傷ついている兵隊を運び出すのを手伝った。/あれがやっぱり国家なんだよね。だから何度思い返しても、悲しいとかなんかじゃない。やっぱり感動的だったな。あのとき兵隊さんたちと一緒にしみじみぼくは国家と座っていたんだと思うね(と、ハンカチで涙を拭く)。/それと思い出すのは、学徒動員される前に学校から帰る途中で空襲にあったことね。止まっている電車が見えたんで、そこに向かって走っていたら、麦畑のなかで敵の艦載機に襲われてさ。パァーと伏せるわけ。そこで一人撃たれるんだけど、さらにその先に森があったんで、そこまで走ろうとしたら、今度は畝の低い芋畑のところで、また次の飛行機がくるわけだ。伏せる場所がないからそのまま走っていると、今度は撃たれない。なぜだって、振り仰ぐとそれが日本の飛行機でさ。濃い褐色に日の丸が描いてある。それがとっても鮮やかで、こう震いつきたくなるようなものがしたな。その感覚っていうのは、オリンピックで日章旗があがるどころのものじゃないんだよ。(1999年8月25日/9月8日『SAPIO』、小林よしのりとの対談)
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