Re: 質問です!
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2010/08/23 13:53 投稿番号: [174165 / 230347]
【朝鮮総督府政策一覧】
併合時(1910)
終戦時(1945)
>・教育の普及 無いに等しい → 小学校5,213校、生徒数2,389,135人、就学率61%(1944)
朝鮮旅行記 ゲ・デ・チャガイ編 井上鉱一訳 平凡社 P301より
朝鮮における識字率はかなり高い。どんな小村にも学校があり、読み書きの出来ない朝鮮人には滅多にお目にかかれない。
夕方になるとしばしば、大勢の子供たちが鮨詰めになって思い思いにうずくまる。
気の暗く照明された小屋から二、三昔前よりなる摩訶不思議で単調な節回しの猛烈な歌声が響いてくる。
これは授業が行われていることを意味する。歌を通して読み書きを教えるという、独特の教授法は、われわれの知る限り、 朝鮮、日本、中国の三民族において実践されている。
(一八九五年一二月および、一八九六年一月の朝鮮旅行。 参謀本部アリフタン中佐)
また、19世紀末に朝鮮を旅行したイギリスの旅行家イザベラ・バードは、1894年から1897年にかけ、著者が4度にわたり末期の李氏朝鮮を訪れた旅行の記録である『朝鮮紀行』で、「漢江沿いに住む男性の大半がハングルを解すことが出来る。」と、記している。(猛爆)
>・耕地面積 246万町歩 →449万町歩
・水田面積 84万町歩 →162万町歩(1928)
・石高(米の生産量) 約1千万石 →2千万石(1930)
耕地面積及び水田面積が倍になったから、収穫が倍になっただけじゃないのかね?
お前アホだろう?(猛爆)
>・鉄道 無かった→ 3,827km
併合前からソウル市電が走ってたね。(猛爆)
>・人口 1,313万人 → 2,512万人(1944)
世界人口の爆発期に当たるだけの話。日本も同じね。(猛爆)
>・植林 禿山 → 30年間で5億9千万本植えて緑化
これは、その通りだろう。
>・反当たり収量 0.49石 → 1.49(3倍)
お前の提示データーでは、耕地及び水田面積が倍になったから、収穫が倍になっただけで何等変わらない。
で、耕作面積が2倍になり反当り収穫高が3倍になったのなら、収穫が6倍増えてないと、計算が合わないだろう?(猛爆)
>総督府の文教政策により、ハングル識字率も大幅に向上し、 無知蒙昧だった朝鮮民族の民度も改善された。 総督府支配下の朝鮮は、 急激に人口が増加した(以前は、飢餓・病が蔓延)。 白丁も、総督府により奴隷解放された。野蛮な刑罰も廃止された。
北朝鮮は、世界最大級の巨大ダムや電力施設や工場や植林といった日本の遺産で国家を維持。 韓国も、教育・人材など、日本の遺産で戦後発展した面が強い。
総督府が、朝鮮人に大恩を施したことは明白↑
米を大量に日本に送ったため、飢餓が起きるくらい食料が不足し、松の薄皮を食べて飢えをしのいだ事実と、朝鮮語を禁止した事実は存在するな。
植民地時代に学校の先生であった池田さんの証言(田中著「ドキュメンタリー昭和天皇」)
朝鮮語の授業は禁止されていました。朝鮮の子供たちでも朝鮮語を使うことは本当にありませんでした。ただ子供ですから、ついうっかりと使ってしまうということもありましたが、そういうときには、日本人の教師より朝鮮人の教師のほうが厳しく注意していたようです。それは朝鮮の子供たちを日本(人)から守るためだったんですね。撲る、なんていうことはそれは日常茶飯事でした。芳山のときは、朝鮮語を使ったときにはどうするかは各クラスにまかされていましたが、クラス全員が1週間、朝鮮語を使わなかったと朝礼で誉められたこともありました。
そして朝鮮総督府関係機関に勤務していた朝鮮人に家庭に帰っても日本語の使用を命じました。
1942年、朝鮮語学会事件がおこり、朝鮮語学会を日本警察が急襲し、朝鮮語辞書編纂のための原稿を全て没収しました。
>・教育の普及 無いに等しい → 小学校5,213校、生徒数2,389,135人、就学率61%(1944)
朝鮮旅行記 ゲ・デ・チャガイ編 井上鉱一訳 平凡社 P301より
朝鮮における識字率はかなり高い。どんな小村にも学校があり、読み書きの出来ない朝鮮人には滅多にお目にかかれない。
夕方になるとしばしば、大勢の子供たちが鮨詰めになって思い思いにうずくまる。
気の暗く照明された小屋から二、三昔前よりなる摩訶不思議で単調な節回しの猛烈な歌声が響いてくる。
これは授業が行われていることを意味する。歌を通して読み書きを教えるという、独特の教授法は、われわれの知る限り、 朝鮮、日本、中国の三民族において実践されている。
(一八九五年一二月および、一八九六年一月の朝鮮旅行。 参謀本部アリフタン中佐)
また、19世紀末に朝鮮を旅行したイギリスの旅行家イザベラ・バードは、1894年から1897年にかけ、著者が4度にわたり末期の李氏朝鮮を訪れた旅行の記録である『朝鮮紀行』で、「漢江沿いに住む男性の大半がハングルを解すことが出来る。」と、記している。(猛爆)
>・耕地面積 246万町歩 →449万町歩
・水田面積 84万町歩 →162万町歩(1928)
・石高(米の生産量) 約1千万石 →2千万石(1930)
耕地面積及び水田面積が倍になったから、収穫が倍になっただけじゃないのかね?
お前アホだろう?(猛爆)
>・鉄道 無かった→ 3,827km
併合前からソウル市電が走ってたね。(猛爆)
>・人口 1,313万人 → 2,512万人(1944)
世界人口の爆発期に当たるだけの話。日本も同じね。(猛爆)
>・植林 禿山 → 30年間で5億9千万本植えて緑化
これは、その通りだろう。
>・反当たり収量 0.49石 → 1.49(3倍)
お前の提示データーでは、耕地及び水田面積が倍になったから、収穫が倍になっただけで何等変わらない。
で、耕作面積が2倍になり反当り収穫高が3倍になったのなら、収穫が6倍増えてないと、計算が合わないだろう?(猛爆)
>総督府の文教政策により、ハングル識字率も大幅に向上し、 無知蒙昧だった朝鮮民族の民度も改善された。 総督府支配下の朝鮮は、 急激に人口が増加した(以前は、飢餓・病が蔓延)。 白丁も、総督府により奴隷解放された。野蛮な刑罰も廃止された。
北朝鮮は、世界最大級の巨大ダムや電力施設や工場や植林といった日本の遺産で国家を維持。 韓国も、教育・人材など、日本の遺産で戦後発展した面が強い。
総督府が、朝鮮人に大恩を施したことは明白↑
米を大量に日本に送ったため、飢餓が起きるくらい食料が不足し、松の薄皮を食べて飢えをしのいだ事実と、朝鮮語を禁止した事実は存在するな。
植民地時代に学校の先生であった池田さんの証言(田中著「ドキュメンタリー昭和天皇」)
朝鮮語の授業は禁止されていました。朝鮮の子供たちでも朝鮮語を使うことは本当にありませんでした。ただ子供ですから、ついうっかりと使ってしまうということもありましたが、そういうときには、日本人の教師より朝鮮人の教師のほうが厳しく注意していたようです。それは朝鮮の子供たちを日本(人)から守るためだったんですね。撲る、なんていうことはそれは日常茶飯事でした。芳山のときは、朝鮮語を使ったときにはどうするかは各クラスにまかされていましたが、クラス全員が1週間、朝鮮語を使わなかったと朝礼で誉められたこともありました。
そして朝鮮総督府関係機関に勤務していた朝鮮人に家庭に帰っても日本語の使用を命じました。
1942年、朝鮮語学会事件がおこり、朝鮮語学会を日本警察が急襲し、朝鮮語辞書編纂のための原稿を全て没収しました。
これは メッセージ 174162 (kuntakinte1929 さん)への返信です.
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