>結局、韓国側の制度の問題
投稿者: kotakyara 投稿日時: 2002/10/05 00:27 投稿番号: [1683 / 230347]
歪んだ儒教思想・・思想ってのは言葉に出来ない部分、頭の中に存在して本来は言語では把握しにくいものだし、
例え言語化されたとしても受取側が客観的な視点で捉えることが出来なければ思い込みの部分で停滞して、詰まるところそれに囚われてしまう。
どこかで打開できればいいけれど、個人では難しく周囲が同様の状態だと呪縛されたまま変化もなく過ぎてしまう。いわゆる封建的な思想の束縛。
社会が豊かになり、日々暮らすことの中に余裕が出来、生活が多様化し、人々が文化に目覚め、個人の楽しみを追求し、
暮らしの中に合理性を取り入れることで封建的な意識から初めて逃れる事が出来る。
事実、大正デモクラシーは個人主義の萌芽という点ではベルエポックだった。
儒教思想と抑制の韓国には、未だその「個人主義の萌芽」の到来がないのだと思う。
日本では「懐かしむ良き時代」ベル・エポックが存在するけれど、朝鮮はそれを自らの手で手に入れることが出来ずに現代まで来てしまった。
歪曲された統治時代は悪しきものとなり、拒否され続けているのはなんとも情けない思いがするけれど、
出来る事ならばこれから先の韓国に「個人主義の萌芽」が在ればと願うばかりです。
>さて、いまさら内政干渉するわけにはいかないしどうしたものか・・・???
村上春樹が一時韓国でブームになった事があると先日ふと目にしました。
そういった国外文化交流が更に進むことは、個人主義に目覚める道が開ける事の一歩となり得るでしょう。
その辺りから、体制批判・自己改革の旗手が挙がるのを待つしかないのかなと思う次第です。
これは メッセージ 1682 (evildeath_akushi さん)への返信です.
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