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歴史と文化の流れ

投稿者: kurumaisutanei01 投稿日時: 2006/02/10 11:55 投稿番号: [16763 / 230347]
中国江蘇省無錫市にある紀元前の貴族の墓から、
銅鐸に似た青磁器の鐸が出土した。
(2月10日西日本新聞朝刊3面)

この形状は大きく、形も日本の銅鐸に近い。
昔の説の、朝鮮で小さな鈴になり、
それが日本に伝わって大型の銅鐸になったというのは無理があると、
研究者も指摘している。

中国南部の越(春秋戦国時代)から直接日本に伝わったのではないか、
(海洋交通はむしろ盛んだった)
とのことだ。

稲作などもそのときに伝わったのではないか、
という学説が近年注目を集めている。


以前にここで書いたことがあるが、
地図も無い、道も無い古代において、
海上交通は陸上交通より非常に有利だった。

ましてや重要な交易品である、重い金属器や、大量の穀類などは、
船でなければ輸送は困難を極める。

その意味で、文化も人間もわざわざ朝鮮半島を経由する理由はほとんど無かった。

逆に、日本から朝鮮へ伝わった文化や人間の方が、
古代は多かったのかもしれない。

時代が進み、朝鮮への陸上交通路が開拓されてきてからは、
中国が朝鮮に進出し、その支配下に置かれて教育されただろうが、

そのため、日本と中国の文明差より、朝鮮と中国の文明差が極めて大きく、
激しい衝撃を受けた朝鮮が、服属してしまったのも無理はあるまい。


朝鮮と日本の交流は、アジアの歴史上から見れば、
かなり日が浅いものなのだろう。
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