Re: 明日、NHKスペシャル プロジェクトJA
投稿者: monjujz 投稿日時: 2010/05/19 13:16 投稿番号: [165797 / 230347]
>併合前は、一人辺り年1石以上の米や雑穀の収穫があったのよ。十分自給自足できたということだな。
平時はね。鎖国してた状況で自給自足できてたというのは当然。ただし米の収穫量は年毎にバラツく。李朝は金正日の北朝鮮と一緒で凶作のときに国民を見殺しにした。
シャルル・ダレの「朝鮮事情(高文研出版)p64」によると、
1871年から、1872年にかけて、驚くべき飢餓が朝鮮半島を襲い、国土は荒廃した。あまりの酷さに、西海岸の人々のなかには、娘を中国人の密航業者に一人当たり米一升で売るものもいた。北方の国境の森林を越えて遼東半島にたどり着いた何人かの朝鮮人は惨たらしい国状を絵に描いて宣教師達に示し、「どこの道にも死体が転がっている」と訴えた。
しかし、そんなときでさえ、朝鮮国王は、中国や日本からの食料買入れを許すよりも、むしろ国民の半数が死んでいくのを放置しておく道を選んだ。
まさに李朝の無能さ、人民に対する思いやりの無さは北朝鮮と同じ。
それに比較し総督府は凶作の時チャンと手を打っている。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00486962&TYPE=HTML_FILE&POS=1
京城日報 1919.10.2-1919.10.7(大正8)
旱害救済の対策 (一〜三)
「該委員会(旱害救済委員会)は二十九日第一回委員会を開いて愈愈大体の方針を決定した、其の決定の概要は□うである、先ず大体に於て政府の方針として決定すべき事柄は大□して之を二つとすることが出来る其の第一は
食糧の不足を如何にして適当に配給するか
という食糧の配給問題と第二は災害の為困難をして居る各個人に対して如何なる救済手段を執るか
という救済計画である」
>で、併合後は、米を強制的に日本に持っていかれたから、朝鮮人は飲まず食わずの状態になってしまったわけだな。
強制ではなく、単なる経済取引。高い米を売って満州から安い粟を買った。差額は利益になる。
朝鮮の人口が倍になったのは朝鮮人の選択。もし併合時の人口のままだったとしたら、もっと米をたべることができた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
>公開されている日韓条約準備会談録には、朝鮮半島から、金塊250t、銀89tを日本に持っていったと書かれているから、食料から貴金属、文化財等、何から何まで根こそぎ日本に持っていって、日露戦争時に発行した外債の償還や日本国内の経済復興に使ったんだな。
買い上げね。ただで持って行ったんではないんだが。それと日本に渡った金塊のほとんどは昭和11年以後。従って日露戦争の経済復興とは関係ない。第1次大戦の好景気を知らないのか?
ちなみに1915年の京城日報によると、
内地人の総採価格 166万8490円
朝鮮人採掘価格 31万559円、
外国人採鉱価格 642万3600円
総計 840万2649円
その内、金は
内地人48貫877匁、価格18万1645円、
朝鮮人51貫87匁、価格18万9039円、
外国人1189貫27匁、価格569万3634円
合計1288貫991匁、価格606万4318円
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00203411&TYPE=HTML_FILE&POS=1
圧倒的に外国人が多い。何故かというと有望な金山は朝鮮人自身が併合前に外国人に売り渡したってことだろう。尻拭いをした日本に対し感謝もせず、逆に略奪の汚名を着せる。どこまで悪辣なんだろう。
平時はね。鎖国してた状況で自給自足できてたというのは当然。ただし米の収穫量は年毎にバラツく。李朝は金正日の北朝鮮と一緒で凶作のときに国民を見殺しにした。
シャルル・ダレの「朝鮮事情(高文研出版)p64」によると、
1871年から、1872年にかけて、驚くべき飢餓が朝鮮半島を襲い、国土は荒廃した。あまりの酷さに、西海岸の人々のなかには、娘を中国人の密航業者に一人当たり米一升で売るものもいた。北方の国境の森林を越えて遼東半島にたどり着いた何人かの朝鮮人は惨たらしい国状を絵に描いて宣教師達に示し、「どこの道にも死体が転がっている」と訴えた。
しかし、そんなときでさえ、朝鮮国王は、中国や日本からの食料買入れを許すよりも、むしろ国民の半数が死んでいくのを放置しておく道を選んだ。
まさに李朝の無能さ、人民に対する思いやりの無さは北朝鮮と同じ。
それに比較し総督府は凶作の時チャンと手を打っている。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00486962&TYPE=HTML_FILE&POS=1
京城日報 1919.10.2-1919.10.7(大正8)
旱害救済の対策 (一〜三)
「該委員会(旱害救済委員会)は二十九日第一回委員会を開いて愈愈大体の方針を決定した、其の決定の概要は□うである、先ず大体に於て政府の方針として決定すべき事柄は大□して之を二つとすることが出来る其の第一は
食糧の不足を如何にして適当に配給するか
という食糧の配給問題と第二は災害の為困難をして居る各個人に対して如何なる救済手段を執るか
という救済計画である」
>で、併合後は、米を強制的に日本に持っていかれたから、朝鮮人は飲まず食わずの状態になってしまったわけだな。
強制ではなく、単なる経済取引。高い米を売って満州から安い粟を買った。差額は利益になる。
朝鮮の人口が倍になったのは朝鮮人の選択。もし併合時の人口のままだったとしたら、もっと米をたべることができた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
>公開されている日韓条約準備会談録には、朝鮮半島から、金塊250t、銀89tを日本に持っていったと書かれているから、食料から貴金属、文化財等、何から何まで根こそぎ日本に持っていって、日露戦争時に発行した外債の償還や日本国内の経済復興に使ったんだな。
買い上げね。ただで持って行ったんではないんだが。それと日本に渡った金塊のほとんどは昭和11年以後。従って日露戦争の経済復興とは関係ない。第1次大戦の好景気を知らないのか?
ちなみに1915年の京城日報によると、
内地人の総採価格 166万8490円
朝鮮人採掘価格 31万559円、
外国人採鉱価格 642万3600円
総計 840万2649円
その内、金は
内地人48貫877匁、価格18万1645円、
朝鮮人51貫87匁、価格18万9039円、
外国人1189貫27匁、価格569万3634円
合計1288貫991匁、価格606万4318円
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00203411&TYPE=HTML_FILE&POS=1
圧倒的に外国人が多い。何故かというと有望な金山は朝鮮人自身が併合前に外国人に売り渡したってことだろう。尻拭いをした日本に対し感謝もせず、逆に略奪の汚名を着せる。どこまで悪辣なんだろう。
これは メッセージ 165751 (topics_jk さん)への返信です.
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