Re: 明日、NHKスペシャル プロジェクトJA
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2010/05/19 07:48 投稿番号: [165789 / 230347]
>>古朝鮮は、遼東百済始祖仇台の祖先が
>それなら以前ツッコませて頂きましたが、「南宋仇氏」出身の仇台も、その一族も、古朝鮮ではなく『中国人』でしょ?ちなみに私は、ギリギリ衛満朝鮮まで、正史と考えてます。それにしても、根拠なく「(僕は)思う」が多過ぎですよ?
文明と人の伝播の話だし、初めから出自は中国人といっている。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1143582&tid=ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel&sid=1143582&mid=165731&thr=165731&cur=165731
で、何故「仇氏」を持ち出すかというと、中原一支で姓氏の分れが無い一族だからなのよ。
紀元前11世紀には、河北省一帯に住んでいた。
高句麗本紀第二 大武藭王十五年(32年)春三月 大臣「仇都」の記述がある。
新羅本紀第六 文武王八年(668年)軍師斧壤「仇杞」平壤南橋戰 功第一 授位述干 賜粟七百石との記述がある。
↑
年代を経る毎に、仇氏一族が河北省→高句麗→新羅と東に移動して行ってるから、人の伝播経路が良く分かるのよ。
>>食料は米だけではあるまい?
>そうですよ?だけどトータルで(穀物の収穫が一人当たり)一石強なんでしょ?でもって当然一番換金性(?)の高い米は、一石に満たない。
雑穀が主たる「自分用」じゃないですか?私は健康の為に愛用しているけど。当然他の食材、例えば塩とか味噌とか、朝鮮の方なら唐辛子とか塩辛に、物々交換なり間接的になり、代えるのにも足元を見られる。農業経済においては主に穀物の収穫物は、現金に匹敵するという感覚を持った方が良いですよ?
そうそう、度量衡は時代によって違いますからね。「一石」=1,000合=主食一年分という、日本の感覚も盲信しない方が良いですよ?第一、太陰暦なら日数も変動するし。文献を漁っても、結局バラバラという結果しか出てこない。これは長さの単位「尺」についても同様の事が言えるので、結局(作付け)面積の正確な基準もない、つまりはいい加減な数字、
という事です。旧朝鮮総督府のデータが一番正確だったりする(笑)
ttp://www.tamanegiya.com/tyousennnonoutikairyou.html<
李氏朝鮮時代は、田の面積も米の収穫高によってランクがあって広さも違うのよ。
経国大典によれば、一等田から六等田の6段階に分けられ、良い田ほど一結の面積は小さく、悪い田ほど一結の面積は大きくなって、1結の収穫高が同じになるようになっていたのよ。
1結=100負、1負=10束、1束=10把、1把=1積田尺。
1結=10000積田尺。周尺(約21cm)だから、
1結=2100㎡(日本で言うところの2反歩)
で、その年の出来高で、20斗〜4斗まで幅がある九段階の租税法をとっていたわけだな。
世宗実録に、「旱田水田, 雖曰毎結三十斗, 然水田則糙米, 旱田則黄豆也。 黄豆三十斗, 折糙米十五斗」とあるから、水田で1結30斗位の米や、旱田(畑)で黄豆三十斗取れたことになるが、日本の斗と同じかどうかは分からないが、日本の斗と同じならば、2反で3石収穫があったことになる。(反当り1.5石)
あんたの貼り付けたURLの旧朝鮮総督府のデータに、水田847,000町歩とあるから、8,470,000反で1000万石の収穫があったなら、併合前に作付けした一等田から六等田平均で、一反当たり1,18石の収穫があったことになる。
↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%B7%8F%E7%9D%A3%E5%BA%9C
概要に「併合当初米の生産量が約1千万石であったものが」とある。
上記から、URLのブログには、「1910年の0,769石」と書かれているから、一反当たり0,411石、合計3,481,170石、加賀の殿様3人分も少なく書かれている。
3,481,170石は現在で言うところの522,175,500kgだから、10kg4000円の米でも、2000億円以上の価格になる。
まだ、ネットで出回ってる0.5石から3倍の1.5石よりはましだがな。(猛爆)
捏造与太を貼り付けると恥ずかしいだろう?
>それなら以前ツッコませて頂きましたが、「南宋仇氏」出身の仇台も、その一族も、古朝鮮ではなく『中国人』でしょ?ちなみに私は、ギリギリ衛満朝鮮まで、正史と考えてます。それにしても、根拠なく「(僕は)思う」が多過ぎですよ?
文明と人の伝播の話だし、初めから出自は中国人といっている。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1143582&tid=ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel&sid=1143582&mid=165731&thr=165731&cur=165731
で、何故「仇氏」を持ち出すかというと、中原一支で姓氏の分れが無い一族だからなのよ。
紀元前11世紀には、河北省一帯に住んでいた。
高句麗本紀第二 大武藭王十五年(32年)春三月 大臣「仇都」の記述がある。
新羅本紀第六 文武王八年(668年)軍師斧壤「仇杞」平壤南橋戰 功第一 授位述干 賜粟七百石との記述がある。
↑
年代を経る毎に、仇氏一族が河北省→高句麗→新羅と東に移動して行ってるから、人の伝播経路が良く分かるのよ。
>>食料は米だけではあるまい?
>そうですよ?だけどトータルで(穀物の収穫が一人当たり)一石強なんでしょ?でもって当然一番換金性(?)の高い米は、一石に満たない。
雑穀が主たる「自分用」じゃないですか?私は健康の為に愛用しているけど。当然他の食材、例えば塩とか味噌とか、朝鮮の方なら唐辛子とか塩辛に、物々交換なり間接的になり、代えるのにも足元を見られる。農業経済においては主に穀物の収穫物は、現金に匹敵するという感覚を持った方が良いですよ?
そうそう、度量衡は時代によって違いますからね。「一石」=1,000合=主食一年分という、日本の感覚も盲信しない方が良いですよ?第一、太陰暦なら日数も変動するし。文献を漁っても、結局バラバラという結果しか出てこない。これは長さの単位「尺」についても同様の事が言えるので、結局(作付け)面積の正確な基準もない、つまりはいい加減な数字、
という事です。旧朝鮮総督府のデータが一番正確だったりする(笑)
ttp://www.tamanegiya.com/tyousennnonoutikairyou.html<
李氏朝鮮時代は、田の面積も米の収穫高によってランクがあって広さも違うのよ。
経国大典によれば、一等田から六等田の6段階に分けられ、良い田ほど一結の面積は小さく、悪い田ほど一結の面積は大きくなって、1結の収穫高が同じになるようになっていたのよ。
1結=100負、1負=10束、1束=10把、1把=1積田尺。
1結=10000積田尺。周尺(約21cm)だから、
1結=2100㎡(日本で言うところの2反歩)
で、その年の出来高で、20斗〜4斗まで幅がある九段階の租税法をとっていたわけだな。
世宗実録に、「旱田水田, 雖曰毎結三十斗, 然水田則糙米, 旱田則黄豆也。 黄豆三十斗, 折糙米十五斗」とあるから、水田で1結30斗位の米や、旱田(畑)で黄豆三十斗取れたことになるが、日本の斗と同じかどうかは分からないが、日本の斗と同じならば、2反で3石収穫があったことになる。(反当り1.5石)
あんたの貼り付けたURLの旧朝鮮総督府のデータに、水田847,000町歩とあるから、8,470,000反で1000万石の収穫があったなら、併合前に作付けした一等田から六等田平均で、一反当たり1,18石の収穫があったことになる。
↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%B7%8F%E7%9D%A3%E5%BA%9C
概要に「併合当初米の生産量が約1千万石であったものが」とある。
上記から、URLのブログには、「1910年の0,769石」と書かれているから、一反当たり0,411石、合計3,481,170石、加賀の殿様3人分も少なく書かれている。
3,481,170石は現在で言うところの522,175,500kgだから、10kg4000円の米でも、2000億円以上の価格になる。
まだ、ネットで出回ってる0.5石から3倍の1.5石よりはましだがな。(猛爆)
捏造与太を貼り付けると恥ずかしいだろう?
これは メッセージ 165779 (qapla_jup さん)への返信です.
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