Re: 明日、NHKスペシャル プロジェクトJA
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2010/05/18 13:24 投稿番号: [165772 / 230347]
>>アジア人は、文明発祥地である中国を中心にして、人と文明が周囲に拡散しながら伝播して行ったのよ。中にはメソポタミア文明から来た人達もいたろうから、混血してるだろうがね(№165731)
>別に御自分の祖国文化が中華の亜流と認めたければ止めはしませんが、日本を巻き込まないで(笑) それにしても、相変わらずサクっと
文明の伝播とは、文明を持った民族が、周辺原住民を淘汰しながら長い時間を掛けて周囲に拡散して伝播していくものなのよ。
>>中にはメソポタミア文明から来た人達もいたろうから
>トンデモ史家 鹿島昇の主張を挿入する(笑) 油断もスキもない。
常識の範囲だと思うがね?
>>古朝鮮は中国とは違うよ。言葉も文法も違うからね
>古朝鮮語と言うのは、どんな話言葉で、どんな筆記法だったのでせう?
誰も分からないだろうよ。
言えることは、
古朝鮮は、遼東百済始祖仇台の祖先が、夏王朝時代の九州国(冀州、豫州、雍州、揚州、兖州、徐州、梁州、青州、荆州)の第一州である、冀州、峰峰地区を統治していたのよ。商(殷)王朝最後の紂王時代は、三公(西伯昌、九候、鄂候)の一人であり、九侯城(現:河北省邯鄲市、史記の注釈正義括地誌に「相州滏陽県西南五十里有九侯城、亦名鬼侯城、蓋殷時九侯城也」とある。鬼方の首領は鬼侯、鬼公などと呼ばれた。)を本拠に、冀州以東のメソポタミア文明方面から来て住み着いていた北方の異民族(土方、鬼方など)を一手にまとめる強力な王として君臨していたが、九侯の娘が紂王の室に入っていたが意にそわなかった為殺され、自身も醢にされたのよ。(九氏一族は、九候の処刑を受けて仇氏に改名した。史記卷三殷本紀第三に、索隱九亦依字讀,鄒誕生音仇也。とある。)
で、周の武王(西伯昌の息子)が、殷を滅ぼし、周王朝を建国した時に、紂王の叔父である箕子を九候の領地跡に封じたのが、古朝鮮といわれる箕子朝鮮なのよ。
だから、箕子が建てた国だから、紀元前11世紀頃の指導者層は中国語で、庶民は違う言語を話していたと思うね。
で、今度は、北方の異民族(土方、鬼方)が、箕子朝鮮に取って代わって、あちこちで部族毎に国を建てて乱立したから、日本でも方言があるように、文法は同じで各部族毎に言葉(方言)だけが変化していったんだろうと思うね。
飽く迄、トルコ語、モンゴル語、満州語、韓国・朝鮮語、日本語は文法が同じだから、そうではないかと思うだけだよ。
>>何の反駁にもなっていないが?
>そもそも作付け面積を出さない収穫量に、何の意味もない。「一人辺り年1石以上の米や雑穀の収穫」と言うが、実際にはそれでは足りない。
農民一人が純粋に自給自足出来るのみで、翌年の種籾もなければ、衣食住及び農具の維持・買い替え、その他生活必需品の購入費で足が出る。そして勿論租税。
食料は米だけではあるまい?
雑穀もあれば、豆類もあるし根菜類もある。万民が白米を食べていたわけではないわね。
>>これが最初(№165715)
>違います。その一つ前、私の№165714にケチをつけたのが最初。だから、私の言い分に文句があるなら、私の言った領域で白黒つけるのがスジ。
横の議題は、投稿№165715の2点のみ。後はマーク君と議論すればよい。
>別に御自分の祖国文化が中華の亜流と認めたければ止めはしませんが、日本を巻き込まないで(笑) それにしても、相変わらずサクっと
文明の伝播とは、文明を持った民族が、周辺原住民を淘汰しながら長い時間を掛けて周囲に拡散して伝播していくものなのよ。
>>中にはメソポタミア文明から来た人達もいたろうから
>トンデモ史家 鹿島昇の主張を挿入する(笑) 油断もスキもない。
常識の範囲だと思うがね?
>>古朝鮮は中国とは違うよ。言葉も文法も違うからね
>古朝鮮語と言うのは、どんな話言葉で、どんな筆記法だったのでせう?
誰も分からないだろうよ。
言えることは、
古朝鮮は、遼東百済始祖仇台の祖先が、夏王朝時代の九州国(冀州、豫州、雍州、揚州、兖州、徐州、梁州、青州、荆州)の第一州である、冀州、峰峰地区を統治していたのよ。商(殷)王朝最後の紂王時代は、三公(西伯昌、九候、鄂候)の一人であり、九侯城(現:河北省邯鄲市、史記の注釈正義括地誌に「相州滏陽県西南五十里有九侯城、亦名鬼侯城、蓋殷時九侯城也」とある。鬼方の首領は鬼侯、鬼公などと呼ばれた。)を本拠に、冀州以東のメソポタミア文明方面から来て住み着いていた北方の異民族(土方、鬼方など)を一手にまとめる強力な王として君臨していたが、九侯の娘が紂王の室に入っていたが意にそわなかった為殺され、自身も醢にされたのよ。(九氏一族は、九候の処刑を受けて仇氏に改名した。史記卷三殷本紀第三に、索隱九亦依字讀,鄒誕生音仇也。とある。)
で、周の武王(西伯昌の息子)が、殷を滅ぼし、周王朝を建国した時に、紂王の叔父である箕子を九候の領地跡に封じたのが、古朝鮮といわれる箕子朝鮮なのよ。
だから、箕子が建てた国だから、紀元前11世紀頃の指導者層は中国語で、庶民は違う言語を話していたと思うね。
で、今度は、北方の異民族(土方、鬼方)が、箕子朝鮮に取って代わって、あちこちで部族毎に国を建てて乱立したから、日本でも方言があるように、文法は同じで各部族毎に言葉(方言)だけが変化していったんだろうと思うね。
飽く迄、トルコ語、モンゴル語、満州語、韓国・朝鮮語、日本語は文法が同じだから、そうではないかと思うだけだよ。
>>何の反駁にもなっていないが?
>そもそも作付け面積を出さない収穫量に、何の意味もない。「一人辺り年1石以上の米や雑穀の収穫」と言うが、実際にはそれでは足りない。
農民一人が純粋に自給自足出来るのみで、翌年の種籾もなければ、衣食住及び農具の維持・買い替え、その他生活必需品の購入費で足が出る。そして勿論租税。
食料は米だけではあるまい?
雑穀もあれば、豆類もあるし根菜類もある。万民が白米を食べていたわけではないわね。
>>これが最初(№165715)
>違います。その一つ前、私の№165714にケチをつけたのが最初。だから、私の言い分に文句があるなら、私の言った領域で白黒つけるのがスジ。
横の議題は、投稿№165715の2点のみ。後はマーク君と議論すればよい。
これは メッセージ 165756 (qapla_jup さん)への返信です.
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