添削: 君たちは、自己主張が強すぎる
投稿者: pesiticider 投稿日時: 2006/01/31 09:36 投稿番号: [16233 / 230347]
●君たちは、自己主張が強すぎる
独島は、わが国固有の領土。不当な言いがかりはよせ!
君たちは自己主張が強すぎる。何でもかんでも自分の意見を言い張ろうとする所がある。自己主張するのは悪い事ではないですが、間違った方向に走ると恐ろしい事になります。やはり国際常識に沿った意見を述べるべきです。
≪日帝は『日清戦争』(1894年) 勝利後、大韓帝国を植民地化する目的でロシアを韓半島から追い出すため、『日露戦争』(1904年 2月)を起こした。日本海軍は独島に望楼を設置するために、1904年、軍艦を派遣してその準備調査を実施し、1905年2月、『無主地の領土編入』形態で独島を日本領土として編入(『竹島』と命名する。)し、日露戦争が1905年9月、日本の勝利で終結すると、1905年11月、『乙巳5条約』締結を強要して大韓帝国の『外交権』を侵奪し、1910年、韓日合併により大韓帝国は日本の統治下に入ることになった。すなわち、『日本の独島不法侵奪』は大韓帝国『韓半島全土の植民地化』とまさに連結していたという事実を忘れてはならない!≫
日本の知性にもう一度訴えます。独島の歴史的背景、及び現在の状態を見てください。どう見ても我が国の領土です。二次大戦後我が平和維持軍が、平穏で実効的な支配を続けています。このような実効的な支配が長期間続く場合、独島の領有権に対した異議提起は消えるはずです。
<中略(2000字超過のため>
*決定
≪所有権時効で大韓民国の領土≫
正しい過去の事実を教育すべきです。時には謙虚である事も必要です。我々偉大な大韓国民は東方礼儀の国として世界が認めていますが、そのルーツは『謙虚は美徳』と言う精神から来るものだと言われています。
日本人も謙虚になりなさい!
わかったね。
↓
(添削)
●君たちは、自己主張が強すぎる
竹島は、わが国固有の領土。不当な言いがかりはよせ!
君たちは自己主張が強すぎる。何でもかんでも自分の意見を言い張ろうとする所がある。自己主張するのは悪い事ではないですが、間違った方向に走ると恐ろしい事になります。やはり国際常識に沿った意見を述べるべきです。
≪大日本帝国は『日清戦争』(1894年〜1895年) 勝利後、大韓帝国を植民地化する目的のロシアを韓半島から追い出すため、『日露戦争』(1904年〜1905年)を戦った。日本海軍は竹島に望楼を設置するために、1904年、軍艦を派遣してその準備調査を実施し、1905年2月22日、「無主地の領土編入」形態で竹島を日本領土として編入(それまで松島などいろいろな名称で呼ばれていた島を正式に「竹島」と命名)した。また『日露戦争』が1905年9月5日、日本の勝利で終結すると、1905年11月17日、「第二次日韓協約(乙巳5条約)」を締結により、大日本帝国は大国の狭間での独立の維持が難しいと悟った大韓帝国から「外交権」の委任を受け、さらに1910年8月22日締結の「日韓併合条約」により大韓帝国と大日本帝国は完全なる合邦国家となった。すなわち、正式の手続きによる日本の『無住地竹島の領土編入』は、大韓帝国と大日本帝国が合邦国家となることを定めた「日韓併合条約」とは直接の関係はない。
韓国の知性にもう一度訴えます。竹島の歴史的背景、及び現在の状態を見てください。どう見ても我が国の領土を韓国が軍事占拠しているのです。『第二次大戦』後、韓国は「国際法」を無視して一方的に「李承晩ライン」の設定を宣言し、軍事力を行使するという暴力的手段によって「竹島」の実効支配を続けています。このような不法な実効支配は、たとえ長期間続たとしても、我が国の「竹島」に対する正当な領有権を消滅させることはできません。
上記見解を分析しますと、「竹島」は大韓民国が、1952年以降ずっと不法な実効支配を続けていますが、かといって大韓民国の領土とはいえません。早い話が、日本の法律用語でいえば、「不法占拠」ということですね。
1952年以降、邪悪な大韓民国は自国民は騙せても国際社会に通用しない改竄資料を振りかざし、暴力的手段で「竹島」の実効支配を続けています。
*決定
≪「竹島」は、1905年の「無住地の領土編入」により日本の領土≫
正しい過去の事実を教育すべきです。時には謙虚である事も必要です。我々日本国民は東方礼儀の国として世界が認めていますが、そのルーツは『謙虚は美徳』と言う精神から来るものだと言われています。
韓国人も謙虚になりなさい!
わかったね。
独島は、わが国固有の領土。不当な言いがかりはよせ!
君たちは自己主張が強すぎる。何でもかんでも自分の意見を言い張ろうとする所がある。自己主張するのは悪い事ではないですが、間違った方向に走ると恐ろしい事になります。やはり国際常識に沿った意見を述べるべきです。
≪日帝は『日清戦争』(1894年) 勝利後、大韓帝国を植民地化する目的でロシアを韓半島から追い出すため、『日露戦争』(1904年 2月)を起こした。日本海軍は独島に望楼を設置するために、1904年、軍艦を派遣してその準備調査を実施し、1905年2月、『無主地の領土編入』形態で独島を日本領土として編入(『竹島』と命名する。)し、日露戦争が1905年9月、日本の勝利で終結すると、1905年11月、『乙巳5条約』締結を強要して大韓帝国の『外交権』を侵奪し、1910年、韓日合併により大韓帝国は日本の統治下に入ることになった。すなわち、『日本の独島不法侵奪』は大韓帝国『韓半島全土の植民地化』とまさに連結していたという事実を忘れてはならない!≫
日本の知性にもう一度訴えます。独島の歴史的背景、及び現在の状態を見てください。どう見ても我が国の領土です。二次大戦後我が平和維持軍が、平穏で実効的な支配を続けています。このような実効的な支配が長期間続く場合、独島の領有権に対した異議提起は消えるはずです。
<中略(2000字超過のため>
*決定
≪所有権時効で大韓民国の領土≫
正しい過去の事実を教育すべきです。時には謙虚である事も必要です。我々偉大な大韓国民は東方礼儀の国として世界が認めていますが、そのルーツは『謙虚は美徳』と言う精神から来るものだと言われています。
日本人も謙虚になりなさい!
わかったね。
↓
(添削)
●君たちは、自己主張が強すぎる
竹島は、わが国固有の領土。不当な言いがかりはよせ!
君たちは自己主張が強すぎる。何でもかんでも自分の意見を言い張ろうとする所がある。自己主張するのは悪い事ではないですが、間違った方向に走ると恐ろしい事になります。やはり国際常識に沿った意見を述べるべきです。
≪大日本帝国は『日清戦争』(1894年〜1895年) 勝利後、大韓帝国を植民地化する目的のロシアを韓半島から追い出すため、『日露戦争』(1904年〜1905年)を戦った。日本海軍は竹島に望楼を設置するために、1904年、軍艦を派遣してその準備調査を実施し、1905年2月22日、「無主地の領土編入」形態で竹島を日本領土として編入(それまで松島などいろいろな名称で呼ばれていた島を正式に「竹島」と命名)した。また『日露戦争』が1905年9月5日、日本の勝利で終結すると、1905年11月17日、「第二次日韓協約(乙巳5条約)」を締結により、大日本帝国は大国の狭間での独立の維持が難しいと悟った大韓帝国から「外交権」の委任を受け、さらに1910年8月22日締結の「日韓併合条約」により大韓帝国と大日本帝国は完全なる合邦国家となった。すなわち、正式の手続きによる日本の『無住地竹島の領土編入』は、大韓帝国と大日本帝国が合邦国家となることを定めた「日韓併合条約」とは直接の関係はない。
韓国の知性にもう一度訴えます。竹島の歴史的背景、及び現在の状態を見てください。どう見ても我が国の領土を韓国が軍事占拠しているのです。『第二次大戦』後、韓国は「国際法」を無視して一方的に「李承晩ライン」の設定を宣言し、軍事力を行使するという暴力的手段によって「竹島」の実効支配を続けています。このような不法な実効支配は、たとえ長期間続たとしても、我が国の「竹島」に対する正当な領有権を消滅させることはできません。
上記見解を分析しますと、「竹島」は大韓民国が、1952年以降ずっと不法な実効支配を続けていますが、かといって大韓民国の領土とはいえません。早い話が、日本の法律用語でいえば、「不法占拠」ということですね。
1952年以降、邪悪な大韓民国は自国民は騙せても国際社会に通用しない改竄資料を振りかざし、暴力的手段で「竹島」の実効支配を続けています。
*決定
≪「竹島」は、1905年の「無住地の領土編入」により日本の領土≫
正しい過去の事実を教育すべきです。時には謙虚である事も必要です。我々日本国民は東方礼儀の国として世界が認めていますが、そのルーツは『謙虚は美徳』と言う精神から来るものだと言われています。
韓国人も謙虚になりなさい!
わかったね。
これは メッセージ 16225 (kim_taek_joo さん)への返信です.
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