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Re: 厳しい現実(横)

投稿者: topics_jk 投稿日時: 2010/02/18 20:29 投稿番号: [161472 / 230347]
>「朝鮮は衛生治療の方法が乏しいので哀れである」だって。
ごく普通の日本人医師が朝鮮人を治療しただけで「神医」だって。

韓国は鎖国していたので、近代医学を知らなかったから手術をして治したなら驚く。身体にメスを入れるや傷口を縫う等考えもしなかったろうよ。1894年に「東医寿世保元」を執筆した李済馬なら、西洋医学の解剖手術は知っていたと思うがね。


>「東医宝鑑」って何なの。

日本医学に多大な影響を及ぼした医学書だよ。

吉宗が医療改革の手本に
日本、中国にも多大な影響を与えてきた。中国では1763年に初めて翻訳刊行されて以来、25回にわたって30余種の版が発行された。95年に国賓として韓国国会で演説した江沢民国家主席は『東医宝鑑』に言及し、両国の文化交流史上の優れた業績と讃えた。
日本への影響については、『東医宝鑑』を座右の書のひとつとした徳川幕府第8代将軍・吉宗の存在が大きい。その事情に詳しい『倭館‐鎖国時代の日本人町』(近世日朝関係史専攻の田代和生著。文春新書)ではこう言っている。
朝鮮は医学先進国であり、すでに高麗時代末から独自の医学が発達し、朝鮮時代に刊行された医学書は2百種類に及び、その最高峰が『東医宝鑑』であった。吉宗が自ら所望して同書を入手したのは1718年。最も関心を寄せた「湯液編」には薬剤名がまず漢字で、その下に朝鮮の固有名がハングルで表記され、中国薬(唐薬)と朝鮮薬(郷薬)が整理されていた。
日本は1662年、江戸幕府が朝鮮に使節を送った際に同書を求め、1720年(24年説も)に翻訳・出版した。吉宗が手にしたのは「原本」ということになる。吉宗はその後、朝鮮を手本に医療改革に尽くし、小石川薬草園を4万9600坪に拡張、小石川養生所も開設した。
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