Re: 厳しい現実
投稿者: run_run72 投稿日時: 2010/02/17 22:54 投稿番号: [161387 / 230347]
>また民間でも難しい数学の問題を解き神社に奉納することが流行りました。
>これを算額といいます。以下に当時の算額の問題例と回答があります。
しかも、
算額を奉納した多くは農民、
女性や少年・少女であった例もあるそうです。
http://www.supre.co.jp/edo/edo_5.htm以下引用
算額の奉納者の多くは農民であるが、中には女性、少年、少女の名前も散見される。岡山市惣爪八幡宮には惣爪算連中(現代の数学塾)が奉納した当時の算法塾を描いた絵馬(下記)があり、女性2名と少年1名を含む15名が描かれている。
中略・・・
では農民たちはどのようにして数学を勉強したのであろうか。
数学はほとんど金のかからない遊びとして日本中津々浦々にまで愛好者がいた。
中には、遊歴という方法をとり、生活の糧とした数学愛好者がいた。
遊歴とは数学指導をする旅のことで、その地方の神社仏閣に行き算額があるかを調べる。あれば奉納者に場を提供してもらい、無ければ、庄屋・名主にお願いし数学塾を開いてもらい、村の若者たちに数学を教え、生活の糧とした。庄屋・名主や裕福な農家はこのような算学者を歓迎し、自らの学力を向上させる努力をすると同時に、村の若者の勉学のために場を設けるなどの支援を熱心に行なった。
このように、遊歴算家というのは日本の数学を広める上で大きな役割を果たした。算額奉納の習慣は世界に礼を見ず、日本独自の文化であり、明治になり西洋数学の導入を容易にしたのもこれらの数学に対する興味が一般庶民に浸透していたからだといわれる。
引用終わり
「数学はほとんど金のかからない遊びとして愛好され・・」
それを教えてメシを食っている人がおり、
数学塾があり・・・
rieさんもおっしゃるとおり、下地があったってことです。
日本人の知的好奇心は強く、
頭脳を使うことが好きだった(笑)
対して、この当時の朝鮮人の庶民は、
余暇をどのようにすごしていたんでしょうね(笑)
そもそも、余暇なんてありえたのか???
これは メッセージ 161384 (monjujz さん)への返信です.
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