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3,1独立運動と日帝の残忍な弾圧

投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2006/01/25 07:25 投稿番号: [16085 / 230347]
  民族自決、これこそが世界平和の基礎である、これはまさに真理なわけですが、それをこの「3.1独立宣言書」のなかで述べた点に大きな意義があると、あらためて痛感しているところです。


  韓国でこの時代の話になると必ず出て来るのが柳寛順(ユグアンスン)の生涯についてです。彼女は「朝鮮のジャンヌダルク」とも言われています。3.1事件のときには16〜7歳ぐらいだと思いますけれども、いまの梨花女子大学の普通科の3年生に編入――当時の計算でいきますからそのときは13歳なんですが――します。

  日韓併合が行なわれ、祖国の独立を夢みて、同級生や近隣の人たちから寄附を集めて独立運動に馳せ参じ、みずからその先頭に立ちます。そして日本の官憲に捕まり、1920年、この事件の翌年、拷問や栄養失調のために獄中で命を失うという、ほんとに短い生涯を送った女性です。最後まで官憲の弾圧に屈せず、「日本は必ず滅びる」と言い残して亡くなったという話は、誰でも知っている歴史上の事実です。

  柳寛順さんが、3月1日の前日の深夜、1人で山に登って、山頂から「明日、運動を決行する」という合図の光を送るわけです。そうすると麓の町が一斉に光にゆれる。そういう話が残っている方であります。

  あるいは朴殷植(パクウンシク)さんとういうたいへん有名な民族史学者は、まさに民族の魂を鼓舞することに学者として生涯を貫き通し、民族独立運動の先頭に立った方です。あるいは文一平、元相允――日本語読みになりますけれども――この方がたは国学の専門家で、伝統文化を啓発するために闘う、そういう役割を果たしました。

  3.1独立運動は形のうえでも知識人が先頭になり、宗教者を含めて大きな民族的な運動になったという点で、知識人の役割をあらためて想起する必要があると思います。



  日本の官憲がこの運動を強く恐れて弾圧し、その弾圧の結果を隠そうとしてきたことを、厳しく糾弾しないわけにはいかないと思います。

  「不逞団関係雑件」と言って、ある程度時間がたって外務省が文書を公開するわけですが....

当時の外務大臣、内務大臣等々の署名もあります。たとえば、朝鮮の人を教会に閉じこめて、銃弾で殺して火を放ったというたいへん残酷な事件があります。犠牲者は3000人とも4000人とも言われていて、未だに人数は特定できていません。

  ここには「朝鮮人46名を殺害し、火を放った」と書いてあります。「放火した」と書いてあるんです。しかしそうすると刑事事件として問題になるので、放火ではなく「失火」として処理するということを、わざわざ書いているんです。それを外務大臣が、それを認めます、という印を押している。「放火」を「失火」と偽る。そういう形でこうした世紀の犯罪をずっと隠蔽してきた。これは非常に大きな罪だと思います。

  いまこれが白日の下にさらされているわけです。私たちが歴史の事実を探求するうえでもこういう資料を日本にもっともっと明らかにさせて、私たちの歴史研究と運動の糧にしていきたいと考えています。
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