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Re: 痛々しいアホだなqq_missile2

投稿者: topics_jk 投稿日時: 2009/12/11 10:20 投稿番号: [158933 / 230347]
>おそらく、彼が「本HN」で出てきたところで別の要求をするんだろうな。
こんなことをすればするだけ疑惑――問題となっている「倭人」=日本人とする根拠がないこと――は、深まるばかりだな。

ROMして書いてるのかね?
僕は、倭人は現:日本人だけでは無いといっている。
「倭人」=日本人と決め付けているのは、カプラの方だな。(猛爆)
だから、お前はどちらだといっている。

>つか、そもそもなんで本HNじゃないと決めつけてんだろな。

http://search.messages.yahoo.co.jp/search/?p=shinoda_rikiya&m=a&submit=%B8%A1%BA%F7&e=%B5%FE

一目瞭然だな。(猛爆)

>>原本は、日本陸軍が日本に持ち去って、人知れず何処かに眠っているだろうよ。(猛爆)>きっと、これも確たる根拠があるんだろう。
他人には求めて、自分は免除…なんてことがあるはずねえもんな(笑

No.158920
契丹古伝要旨
ttp://www.hachiman.com/yomimono/kitankaisetu.html
明治三十八年、鴨緑江軍兵站経理部長として奉天城外の黄寺(黄帽派ラマ教の寺院?)に駐屯していた浜名寛祐は、広部精という博識の軍人から奇妙な巻物を見せられた。それは古陵墓より発見された秘物であり、兵禍を恐れていずこかに移動した後に、その寺に厳重に託されたということであった。
漢字で綴られているものの、言辞は漢語と異なり、寺僧にも広部にも理解することはできなかった。寺僧は書写を堅く拒否したが、好奇心旺盛な広部は庫院の管理者の一人を籠絡して、その写本を作成し、浜名にも貸し与えた。これが「契丹古伝」発見の端緒である。
浜名は漢学者の家に生まれたこともあり、漢文には堪能であったが、この難解な古巻には句読点さえつけることができないまま数年が経過したが、たまたま「魏志東夷伝」を読み、馬韓の古語と上代日本語に共通の語彙があることを発見、それを緒として「契丹古伝」の解読を試み、大正十五年、その結果を『日韓正宗溯源』と題して世に問うた。それが本書の原本である。
ちなみに、数十年後、浜名は原本の写真撮影を試み再び黄寺を訪ねるが、すでに原本はなかったという。本来の所有者のもとに戻ったものと推測されるが、現在に至るまでその行方は不明である。浜名写本、広部写本も所在不明であり、いまや本書のみが「契丹古伝」に関する唯一の信頼できる史料となっている。


読解力の無い面倒な奴だ。(猛爆)
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