Re: 前方後円墳
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2009/11/03 21:16 投稿番号: [157523 / 230347]
>ああ、砦と書いてあるね。
(リンクの一番初めに書いてあるともいえんが)
見落としていたよ。
だが、中世だ。
古墳時代中期(5世紀中頃)に、築造され、
その後、中世には砦として利用された、とあるね。
中世とは、5世紀のことかね(猛爆)
黒姫山古墳が砦だった、と書いた意図は?
砦として改造されている。
仁徳陵も、といいたいわけかね?
それとも、単なるハナシをそらすためかね(猛爆)
黒姫山古墳から発掘された鎧24領は、すべて古代のもの。
ましてや、後円墳のほうの玄室は盗掘されて現在は無いとしているが、跡形も無いのは不自然。古墳ではなく館跡、砦跡の可能性が大だな。
>>改めて聞くが、「上円下方墳」というのは「何々家と掘り込まれている墓石の頭」と同じなのかね?
>これも意味がわからんから答えようがないね。
説明してくれるかね?
お前の場合、古墳はすべて土に埋もれているから、すべて底辺からの全体像を指して定義しているわけだろう?
だから、近代天皇陵ように、丘陵にむき出しでポツリと鎮座する上円下方墳は、どうなるのかと聞いている。
因みに、皇室典範によると、天皇陵に対する一人当たり陵領域は、2,500㎡、大正天皇の上円下方墳の場合は、最下方の底辺27mの正方形だから、729㎡の上円下方墳。
↑
大正天皇陵の場合は、全体像の2,500㎡で定義するのか、729㎡の上円下方墳だけで定義するのか、どちらなのかね?
これは メッセージ 157519 (run_run72 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/157523.html