MC版今度は能楽がウリナラオリジナル
投稿者: mcpaghd9 投稿日時: 2006/01/12 13:27 投稿番号: [15637 / 230347]
いいものは何でもウリナラオリジナル→気分最高!
父母兄弟論 大好き!
受け継がれた韓半島の芸能
源は猿楽や雅楽…室町期、「幽玄」表現へ昇華
韓国では珍しい本格的能楽「翁」が10月15日、金海市で観世流の演者により上演
された。公演実現に尽力した関係者の一人・松岡東大教授が、その様子を11月
中旬の朝日新聞文化芸能面で報告した。記事の見出しに「能『翁』韓国に
〝里帰り〟」とあり、日本独特の伝統芸能と信じられている能楽が「韓国に
里帰り」と記されたことに、唐突な印象を受けた読者も多く、本紙編集部にも
問い合わせがあった。そこで能楽の発祥と「翁」という演目それぞれが、韓半島
渡来の芸能と深いかかわりがあることを検証した。
渡来した各種の楽舞
昨年6月に急逝した狂言師の野村万之丞氏は生前、「能や狂言の母親は猿楽
(さるがく)、父親は伎楽(ぎがく)、雅楽(ががく)、田楽(でんがく)、
傀儡(くぐつ)などである」と述べ、「能や狂言は朝鮮半島からユーラシア大陸に
広がる芸能の流れの集積である」とも指摘していた。
この分析を踏まえつつ、改めて検証してみると、能・狂言の母親とされる猿楽
とは、室町時代初期に観阿弥・世阿弥の父子が能楽を集大成する以前に、各地の
寺社などで行われていた、五穀豊饒などを願う散楽とも呼ばれていた素朴で滑稽な
楽舞のことである。有力寺社の演者は世襲でその技能を伝え、それらの一部が
能楽の諸流につながっている。
一方、能・狂言の父親は猿楽よりも古くから伝えられていた伝統的諸芸、伎楽、
雅楽、田楽、傀儡などであるとしているが、これらは全て、明確に韓半島からの
渡来芸能そのものだ。
新羅に始まった雅楽
『日本書紀』の推古天皇20(612)年条に、百済の味摩之(みまし)という人物が
「伎楽の舞」を日本に初めて伝えたとの記載がある。伎楽そのものは現在に伝わっ
ていないが、滑稽な身振りの仮面音楽劇とされている。法隆寺には飛鳥時代の作と
される「伎楽面・金剛」が伝えられている。この面を味摩之が直接持参したか
どうかは不明でも、百済で作られた可能性が高い。
雅楽とは、韓半島だけでなく中国、渤海、ベトナムなどから伝わり宮中や有力
寺社などで受け継がれている伝統的楽舞の総称だが、最も古くは新羅から伝わっ
た。『日本書紀』によると、453年、允恭(いんぎょう)天皇の葬礼に際して新羅
から種々の楽人が渡来したとあり、それが日本での雅楽演奏の始まりであると
されている。
能・狂言の父親たちはみな、明確に韓半島渡来の遺伝子を持っている。母親と
された猿楽はどうだろうか。
猿楽が広く行われていたのは、平安から鎌倉時代だが、能楽の祖とされる世阿弥
が著した『風姿花伝』に、猿楽(世阿弥は申楽と記述した)は「推古天皇の御世、
聖徳太子が秦河勝に命じて創作させたものである」と書かれている。
太秦にある広隆寺の弥勒菩薩は、日本の国宝第1号としても有名だが、それは
秦氏の棟梁であった秦河勝が聖徳太子のために造ったと考えられている。秦河勝が
猿楽の祖でもあるならば、能・狂言の母親の遺伝子も文句なく韓半島渡来という
ことになる。
(2005.12.14 民団新聞)
http://mindan.org/shinbun/news_bk_view.php?page=1&subpage=1086&corner=6
父母兄弟論 大好き!
受け継がれた韓半島の芸能
源は猿楽や雅楽…室町期、「幽玄」表現へ昇華
韓国では珍しい本格的能楽「翁」が10月15日、金海市で観世流の演者により上演
された。公演実現に尽力した関係者の一人・松岡東大教授が、その様子を11月
中旬の朝日新聞文化芸能面で報告した。記事の見出しに「能『翁』韓国に
〝里帰り〟」とあり、日本独特の伝統芸能と信じられている能楽が「韓国に
里帰り」と記されたことに、唐突な印象を受けた読者も多く、本紙編集部にも
問い合わせがあった。そこで能楽の発祥と「翁」という演目それぞれが、韓半島
渡来の芸能と深いかかわりがあることを検証した。
渡来した各種の楽舞
昨年6月に急逝した狂言師の野村万之丞氏は生前、「能や狂言の母親は猿楽
(さるがく)、父親は伎楽(ぎがく)、雅楽(ががく)、田楽(でんがく)、
傀儡(くぐつ)などである」と述べ、「能や狂言は朝鮮半島からユーラシア大陸に
広がる芸能の流れの集積である」とも指摘していた。
この分析を踏まえつつ、改めて検証してみると、能・狂言の母親とされる猿楽
とは、室町時代初期に観阿弥・世阿弥の父子が能楽を集大成する以前に、各地の
寺社などで行われていた、五穀豊饒などを願う散楽とも呼ばれていた素朴で滑稽な
楽舞のことである。有力寺社の演者は世襲でその技能を伝え、それらの一部が
能楽の諸流につながっている。
一方、能・狂言の父親は猿楽よりも古くから伝えられていた伝統的諸芸、伎楽、
雅楽、田楽、傀儡などであるとしているが、これらは全て、明確に韓半島からの
渡来芸能そのものだ。
新羅に始まった雅楽
『日本書紀』の推古天皇20(612)年条に、百済の味摩之(みまし)という人物が
「伎楽の舞」を日本に初めて伝えたとの記載がある。伎楽そのものは現在に伝わっ
ていないが、滑稽な身振りの仮面音楽劇とされている。法隆寺には飛鳥時代の作と
される「伎楽面・金剛」が伝えられている。この面を味摩之が直接持参したか
どうかは不明でも、百済で作られた可能性が高い。
雅楽とは、韓半島だけでなく中国、渤海、ベトナムなどから伝わり宮中や有力
寺社などで受け継がれている伝統的楽舞の総称だが、最も古くは新羅から伝わっ
た。『日本書紀』によると、453年、允恭(いんぎょう)天皇の葬礼に際して新羅
から種々の楽人が渡来したとあり、それが日本での雅楽演奏の始まりであると
されている。
能・狂言の父親たちはみな、明確に韓半島渡来の遺伝子を持っている。母親と
された猿楽はどうだろうか。
猿楽が広く行われていたのは、平安から鎌倉時代だが、能楽の祖とされる世阿弥
が著した『風姿花伝』に、猿楽(世阿弥は申楽と記述した)は「推古天皇の御世、
聖徳太子が秦河勝に命じて創作させたものである」と書かれている。
太秦にある広隆寺の弥勒菩薩は、日本の国宝第1号としても有名だが、それは
秦氏の棟梁であった秦河勝が聖徳太子のために造ったと考えられている。秦河勝が
猿楽の祖でもあるならば、能・狂言の母親の遺伝子も文句なく韓半島渡来という
ことになる。
(2005.12.14 民団新聞)
http://mindan.org/shinbun/news_bk_view.php?page=1&subpage=1086&corner=6
これは メッセージ 15625 (mcpaghd9 さん)への返信です.
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