Re: topics_jk さん
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2009/08/13 11:10 投稿番号: [153950 / 230347]
>失礼。読めました。ただこれ、1970年の話しですよ。
ttp://www.himoji.jp/jp/publication/pdf/symposium/No02/114-120J.pdf
朝鮮時代の話ではないんで、「総督府が便所を作ることを指導した」というもともとの話しを否定することは出来ないです。
ただし豚舎で用足しをしたというなら分かります。中国では古来から人糞が豚の餌でしたから。<
一番下の参考資料10に
植民地時代の1920年前後して、朝鮮総督府は便所改良事業を広く行ってきた。農家は補助金をもらってセメントで便所の穴を作った。セメント穴の規模は、横8尺、縦4尺、深さ6尺であった。セメントの穴になってからは人糞が土に染み込むことが無くなったので、人糞の上に灰や籾殻を撒くこともだんだん減っていった。
↑
古来からある自然浸透式便所を、朝鮮総督府が便所改良事業をしたと言うことだな。
>>「アジア歴史資料センター」にも存在しないから、胡散臭いといっている。
あると言うなら、その箇所を提示してもらおうかね?
>4.宮本大丞朝鮮理事始末 四/2 朝鮮政府接遇記略及風俗概要
【 階層 】外務省外交史料館>外務省記録>1門 政治>1類 帝国外交>2項 亜細亜>対韓政策関係雑纂/宮本大丞朝鮮理事始末 第一巻
【 レファレンスコード 】 B03030154900
>風呂場と便所
途中の各官庁には風呂というものが無かったが、ここ清水館では日本人のために風呂場が新たに作ってあった。その広さ10坪ほど。湯を汲み入れて使うが、頗る爽快であった。
また、便所も数箇所仮設してあった。これも日本人のために作ったと言う。しかし粗末な藁葺きで不潔であった。<
アジア歴史資料センターの宮本大丞朝鮮理事始末 朝鮮政府接遇記略及風俗概要の原文
3ページ目に、
各庁浴室なし。厠は本家を離れたる一隅に在りすこぶる不潔なり。
然れども、朝鮮人民の家に在るは更に堪えがたしと聞く。或いは一定したる厠なしという。
>日本人のためにこのように浴房を設け、数箇所の便所を作ってあるが、これは京城近傍では奇なる風景だと言う。<
7ページ
平素は浴房及厠ある無きと見へ、日本人の為長五間許横三間許の苫葺の浴房を作り数處の厠を置く。
室中?末の浴盤置、竹を以、鍍する(囲い?)は京城近傍には奇と云べし
↑
日本人用の浴室は「京城近傍には奇と云べし」と書いてあるだけだな。
>しかし、浅間艦から士官3人が連絡のために仁川から来たときに民家に宿泊したが、夥しい蚊と蚤のために、ついに一睡も出来なかったと言う。
10ページ
如此両三度随員は門外に徘徊し又海軍士官は浅間艦より突然往来して理事官の旅館に到る其の都度市街の居家を鎖すに堪えす或いは蒼黄として避る如き市人の苦実に愍然なりしか。
(9パージに朝鮮人民は日本人との接触を禁じられていたとある。)
↑
従って、随員は官庁に泊まるから、これも作文。
※:控海門(現:仁川近辺)〜ソウルまで60km程度だから、徒歩だと2日、馬を利用すれば1日で到着する。
以下は記述無し。所謂作文
↓
「途中の宿には敷地の一隅に便所が設けられていたが、頗る不潔で堪え難かった。また、部屋に銅製の蓋付きの缶があり、通常はこれで用足しをするという。
普通、朝鮮人民の家には便所がないとも言う。
そのためか、いたる所で糞尿の臭気が甚だしく数万の蒼蝿が舞い、部屋にも満ちて煩わしく、耐えられない位である。雨が降る日だけ臭気が治まった。
ここでは蚊および蚤はまれであった。」
ttp://www.himoji.jp/jp/publication/pdf/symposium/No02/114-120J.pdf
朝鮮時代の話ではないんで、「総督府が便所を作ることを指導した」というもともとの話しを否定することは出来ないです。
ただし豚舎で用足しをしたというなら分かります。中国では古来から人糞が豚の餌でしたから。<
一番下の参考資料10に
植民地時代の1920年前後して、朝鮮総督府は便所改良事業を広く行ってきた。農家は補助金をもらってセメントで便所の穴を作った。セメント穴の規模は、横8尺、縦4尺、深さ6尺であった。セメントの穴になってからは人糞が土に染み込むことが無くなったので、人糞の上に灰や籾殻を撒くこともだんだん減っていった。
↑
古来からある自然浸透式便所を、朝鮮総督府が便所改良事業をしたと言うことだな。
>>「アジア歴史資料センター」にも存在しないから、胡散臭いといっている。
あると言うなら、その箇所を提示してもらおうかね?
>4.宮本大丞朝鮮理事始末 四/2 朝鮮政府接遇記略及風俗概要
【 階層 】外務省外交史料館>外務省記録>1門 政治>1類 帝国外交>2項 亜細亜>対韓政策関係雑纂/宮本大丞朝鮮理事始末 第一巻
【 レファレンスコード 】 B03030154900
>風呂場と便所
途中の各官庁には風呂というものが無かったが、ここ清水館では日本人のために風呂場が新たに作ってあった。その広さ10坪ほど。湯を汲み入れて使うが、頗る爽快であった。
また、便所も数箇所仮設してあった。これも日本人のために作ったと言う。しかし粗末な藁葺きで不潔であった。<
アジア歴史資料センターの宮本大丞朝鮮理事始末 朝鮮政府接遇記略及風俗概要の原文
3ページ目に、
各庁浴室なし。厠は本家を離れたる一隅に在りすこぶる不潔なり。
然れども、朝鮮人民の家に在るは更に堪えがたしと聞く。或いは一定したる厠なしという。
>日本人のためにこのように浴房を設け、数箇所の便所を作ってあるが、これは京城近傍では奇なる風景だと言う。<
7ページ
平素は浴房及厠ある無きと見へ、日本人の為長五間許横三間許の苫葺の浴房を作り数處の厠を置く。
室中?末の浴盤置、竹を以、鍍する(囲い?)は京城近傍には奇と云べし
↑
日本人用の浴室は「京城近傍には奇と云べし」と書いてあるだけだな。
>しかし、浅間艦から士官3人が連絡のために仁川から来たときに民家に宿泊したが、夥しい蚊と蚤のために、ついに一睡も出来なかったと言う。
10ページ
如此両三度随員は門外に徘徊し又海軍士官は浅間艦より突然往来して理事官の旅館に到る其の都度市街の居家を鎖すに堪えす或いは蒼黄として避る如き市人の苦実に愍然なりしか。
(9パージに朝鮮人民は日本人との接触を禁じられていたとある。)
↑
従って、随員は官庁に泊まるから、これも作文。
※:控海門(現:仁川近辺)〜ソウルまで60km程度だから、徒歩だと2日、馬を利用すれば1日で到着する。
以下は記述無し。所謂作文
↓
「途中の宿には敷地の一隅に便所が設けられていたが、頗る不潔で堪え難かった。また、部屋に銅製の蓋付きの缶があり、通常はこれで用足しをするという。
普通、朝鮮人民の家には便所がないとも言う。
そのためか、いたる所で糞尿の臭気が甚だしく数万の蒼蝿が舞い、部屋にも満ちて煩わしく、耐えられない位である。雨が降る日だけ臭気が治まった。
ここでは蚊および蚤はまれであった。」
これは メッセージ 153931 (monjujz さん)への返信です.
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