Re: 恥の上塗りharu2101n(爆)
投稿者: monjujz 投稿日時: 2009/08/07 21:33 投稿番号: [153561 / 230347]
>>糞尿処理ですが、李朝時代の朝鮮には便所そのものが無かったんだし、比較する段階にも達していなかったと言うのが実態でしょう。
>トイレが無かったのかね?(爆)
河回村は朝鮮時代の両班(ヤンバン:昔の貴族階級)の伝統家屋や庶民が住んだ藁葺き家屋などが昔そのままの姿で残っている村
この河回村の例はむしろ私のだしたソースを補強しているようなんですが。
少なくとも両班の家といえども母屋に便所が無かったのは間違いが無いようですね。
>>私のソースより
便所をつくって、甕を埋めて
>河回村の旅行記より
さすがは河回村。トイレや風呂も李朝時代のまま、もちろんトイレは堀建て小屋に穴を掘っただけ(いわゆるドボン)
どう思いますか?
これだけでは信用できないと言うのであればもう一つソースを出しておきます。
これは1876年に宮本小一が京城に派遣された時の紀行文が元になっています。
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi020.html>風呂場と便所
途中の各官庁には風呂というものが無かったが、ここ清水館では日本人のために風呂場が新たに作ってあった。その広さ10坪ほど。湯を汲み入れて使うが、頗る爽快であった。
また、便所も数箇所仮設してあった。これも日本人のために作ったと言う。しかし粗末な藁葺きで不潔であった。
途中の宿には敷地の一隅に便所が設けられていたが、頗る不潔で堪え難かった。また、部屋に銅製の蓋付きの缶があり、通常はこれで用足しをするという。
普通、朝鮮人民の家には便所がないとも言う。
そのためか、いたる所で糞尿の臭気が甚だしく数万の蒼蝿が舞い、部屋にも満ちて煩わしく、耐えられない位である。雨が降る日だけ臭気が治まった。
ここでは蚊および蚤はまれであった。しかし、浅間艦から士官3人が連絡のために仁川から来たときに民家に宿泊したが、夥しい蚊と蚤のために、ついに一睡も出来なかったと言う。
日本人のためにこのように浴房を設け、数箇所の便所を作ってあるが、これは京城近傍では奇なる風景だと言う。
これは メッセージ 153553 (topics_jk さん)への返信です.
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