内からの発展
投稿者: kazahayataro 投稿日時: 2002/09/30 12:52 投稿番号: [1526 / 230347]
半世紀にわたって「内からの発展」を証明する努力が払われて、なおかつ、アカデミック
なレベルで他者を納得させ得ない、というのは、もう「内からの発展」はあり得なかった
と結論が出ていると言い切ってもいいんじゃないでしょうか。
http://www.isks.org/jhtml/evn/jp/j_tsusin/j_10.htm より抜粋
1998年8月1日 近代朝鮮の商人像 ロンドン大学大学院 菡 龍
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
朝鮮の近代史において「朝鮮における資本主義の萌芽は希望的観測」(C.J.Eckert)に
過ぎないのか、という問いにいかに答えるかという問題は常に重要な問題となっている。
(中略)
1945年、朝鮮の解放以降の研究は自ずとそれまでの「朝鮮の歴史像」を覆すことにその
重点が移された。そしてそれは、とくに1960年代以降の新興独立国の急激な資本主義化と
ともに、その原因、原動力などにたいする興味、学問的関心を喚起した。一部例外もあっ
たが、朝鮮史の分野においても「内からの発展」を証明する研究が主流となっていく。
(中略)
そしてその代表の一つとして論じられたのが開港場客主であった。
(中略)
しかしながら、開港場客主の活動は、①開港という新たな条件に機会を求めた朝鮮の一
部の商民の対応の結果であり、その継続性も明確ではない、②権益確立後の特権化への方
向性(それ以前の主人権についても同様であった)、③現実には外勢との対決ではなく、
手を結んでの商活動、④資本の蓄積も少なく、開港後30年で多くが淘汰された、という存
在とその性格から見ても、「萌芽」(もしくは「的存在」)の一つとするには無理がある。
それとは逆に、外圧が権力の経済活動への介入を排除し、資本蓄積への誓約を取り払った、
という側面を持っていたことも事実である。もちろん、開港場客主が登場するだけのノウ
ハウ、意識がそれ以前に蓄積されていた、という解釈も可能ではあるが、そこには「萌芽」
とそれ以外のものを明確に識別するだけの基準は存在しない。それらを無批判に今日の韓
国資本主義、共和国経済と結びつけることは、さらに無謀な飛躍といえる。
萌芽論の登場は「朝鮮社会の発展の方向性」、言い換えれば「こうあったべき/はず」
という論理と密接に結びついている。近代における外圧(External Force)の役割は大きい。
近代の外圧への評価における日本と南北朝鮮との間の大きな隔たりには、開港後に両者が
辿った歴史の違いが投影されている。萌芽論それ自体の意義、時代的要求を十分に踏まえ
つつも、朝鮮近代史の新たな枠組みを明確にすることが重要であろう。しかしながら、
文頭の「希望的観測」には同意しない。影響は認めるが、「移植」には同意できないから
である。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
なレベルで他者を納得させ得ない、というのは、もう「内からの発展」はあり得なかった
と結論が出ていると言い切ってもいいんじゃないでしょうか。
http://www.isks.org/jhtml/evn/jp/j_tsusin/j_10.htm より抜粋
1998年8月1日 近代朝鮮の商人像 ロンドン大学大学院 菡 龍
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
朝鮮の近代史において「朝鮮における資本主義の萌芽は希望的観測」(C.J.Eckert)に
過ぎないのか、という問いにいかに答えるかという問題は常に重要な問題となっている。
(中略)
1945年、朝鮮の解放以降の研究は自ずとそれまでの「朝鮮の歴史像」を覆すことにその
重点が移された。そしてそれは、とくに1960年代以降の新興独立国の急激な資本主義化と
ともに、その原因、原動力などにたいする興味、学問的関心を喚起した。一部例外もあっ
たが、朝鮮史の分野においても「内からの発展」を証明する研究が主流となっていく。
(中略)
そしてその代表の一つとして論じられたのが開港場客主であった。
(中略)
しかしながら、開港場客主の活動は、①開港という新たな条件に機会を求めた朝鮮の一
部の商民の対応の結果であり、その継続性も明確ではない、②権益確立後の特権化への方
向性(それ以前の主人権についても同様であった)、③現実には外勢との対決ではなく、
手を結んでの商活動、④資本の蓄積も少なく、開港後30年で多くが淘汰された、という存
在とその性格から見ても、「萌芽」(もしくは「的存在」)の一つとするには無理がある。
それとは逆に、外圧が権力の経済活動への介入を排除し、資本蓄積への誓約を取り払った、
という側面を持っていたことも事実である。もちろん、開港場客主が登場するだけのノウ
ハウ、意識がそれ以前に蓄積されていた、という解釈も可能ではあるが、そこには「萌芽」
とそれ以外のものを明確に識別するだけの基準は存在しない。それらを無批判に今日の韓
国資本主義、共和国経済と結びつけることは、さらに無謀な飛躍といえる。
萌芽論の登場は「朝鮮社会の発展の方向性」、言い換えれば「こうあったべき/はず」
という論理と密接に結びついている。近代における外圧(External Force)の役割は大きい。
近代の外圧への評価における日本と南北朝鮮との間の大きな隔たりには、開港後に両者が
辿った歴史の違いが投影されている。萌芽論それ自体の意義、時代的要求を十分に踏まえ
つつも、朝鮮近代史の新たな枠組みを明確にすることが重要であろう。しかしながら、
文頭の「希望的観測」には同意しない。影響は認めるが、「移植」には同意できないから
である。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
これは メッセージ 1501 (caffelatte_1848 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/1526.html